事実から議論する

 先日ベルリンで、慰安婦問題を取り上げた「主戦場」というドキュメンタリー映画を見ました。

 ぼく自身、これまでにも慰安婦問題に関するドキュメンタリー映画をいくつも見てきました。その中でもとても印象に残っているのは、朝鮮半島、中国、台湾、フィリピン、インドネシアなどの元慰安婦の現在を取り上げたドキュメンタリー映画を見た時でした。1週間毎にそれぞれ各国で別々に制作されたドキュメンタリー映画を見るというものでした。

 映画はそれぞれ、人を扱ったものです。元慰安婦だった女性にとって、過去がいかに重く伸し掛かっているかが痛く感じられました。女性たちの反応も、各国によって異なっていたのも印象的でした。

 そうした積み重ねがあったので、「主戦場」にはそれほど新しい発見はありませんでした。ただ、右翼の主張を見事に反論する手法には、「お見事」と関心せざるを得ませんでした。

 ぼく自身、ドキュメンタリー映画という媒体は、人を描くにはいいが、議論する場としてはそれほどいいとは思っていません。それには、いくつか理由があります。

 一つは、撮影した素材はたくさんあるのに、そのうち実際に使うのはごくわずかだからです。生き証人をインタビューしても、使うのは映画監督の主張に合うところだけ。それ以外は、使われません。

 でも発言には、それぞれコンテキストがあります。でも、その発言のごく一部が使われるだけでは、そのコンテキストが失われ、都合のいい部分だけが背景を無視して勝手に使われてしまう危険があります。

 だから、生き証人をインタビューしたものは、ネット上など違う媒体でそのまま編集せずにすべて公開してほしいとさえ思っています。

 その点、「主戦場」では一人一人のインタビューにかなり時間を割いていました。その点は、すばらしいと思いました。

 もう一つは、ドキュメンタリーといえど、監督の主張に合わせて操作がある点です。

 ぼくは、たとえばドイツのドキュメンタリー映画監督が制作した「ふるさと」という映画で事実に反することをいろいろと指摘したことがあります。

 この映画は、3.11のフクシマ原発事故後に南相馬をベースにして取材して、制作された映画です。ドイツのライプツィヒ・ドキュメンタリー映画祭で、ドイツ映画部門の最優秀賞を受賞した作品でした。

 ドイツ最大の反原発団体「アウスゲシュトラールト(ausgestrahlt)」に頼まれて、視聴しました。その映画をドイツ全国で上映するイベントを企画しているので、そのためのテキストを書いて欲しいということでした。

 ネット上で映画を見るため、パスワードが渡されました。

 ぼくは映画を見て、放射線の問題に関していろいろ間違いがあるし、事実に反するところもある、誘導的、操作的だと感じました。「これではいかん」と思いました。そのため反原発団体には、この映画を支援して上映するのは止めたほうがいいとアドバイスしました。

 数ヶ月後、この映画の上映キャンペーンがそのまま進んでいることを知りました。これは困ったことになった、と思いました。

 それで、フクシマのことをドイツ語で連載してきた「放射線テレックス」というドイツ語圏唯一の放射線防護専門月刊紙に、この映画の問題点について投稿しました。

 その結果、映画監督は「(この映画は)ドキュメンタリーではない」と公式に認めざるを得なくなりました。

 しかしぼくは、反原発団体のアウスゲシュトラールトから「卑怯者」扱いされます。

 驚いたのは、この事実を暴露しても、IPPNWなど他の反原発団体の中に、この映画を反原発運動に利用していたところがあったことです。さらに唖然としたのは、ドイツの公共放送のあるジャーナリストが、市民に反原発を訴えるには、(事実に反していても)この映画を使って反原発運動を盛り上げたほうがいいという趣旨の感想を述べていたと聞いた時でした。

 ぼくは、これにはたいへん驚きました。この人物は、本当にジャーナリストなのかと耳を疑いました。

 原発や放射線の問題は、事実から議論しなければならない問題です。それを事実でないことから議論しては、信用されなくなります。

 3.11後、日本から最低2つの偽造ビデオがネット上で流れていました。それで、ドイツに避難した人もいます。

 ノーベル平和賞を受賞したIPPNWが作成したフクシマ・スタディでは、そのベースとしたバックグラウンド線量値が間違っています。この問題は、ぼくのドイツ人の友人が気づき、ぼくが日本から情報を取り寄せて、間違っていることを証明したので、作成者も納得したと思っていました。

 しかしIPPNWは、その間違いをいまだに修正していません。それが間違っていることは、山下俊一さんなど日本で放射線の問題を過小評価している研究者たちも知っており、IPPNWのスタディは信用できないとしています。

 ということは、フクシマ原発事故後の放射線の問題をIPPNWのスタディを使って議論しても、相手にされません。

 こうした結末になるから、事実で議論しなければならないのです。

 「主戦場」は、改めて事実の大切さについて教えてくれたと思います。

(2019年12月20日、まさお)

この記事をシェア、ブックマークする

 Leave a Comment

All input areas are required. Your e-mail address will not be made public.

Please check the contents before sending.