プラットフォームにはルールが必要

 これまで、プラットフォームの問題についていろいろ述べてきた。ただ、これはプラットフォームはダメ、止めてしまえと否定しているわけではない。

 これほど普及したプラットフォームは、なくならないと思う。

 ネット上で行われれるビジネスモデルは、これまでなかった形態が続々と登場している。まったく新しいものだ。それはそれで、いいことでもある。

 ただ、その流れに政治が追いつけず、ルール造りができていないことが問題なのだ。

 ルールがないから、成功するとすぐにモノポール化する。モノポール化すると、政治はルールを規定するのが難しくなる。

 ネットに国境はない。だから、ルールは国際的に統一されなければならない。でも今の政治は、ネットで行われていることを国際的に規制する術を持っていない。

 これも、問題なのだ。

 その結果、プラットフォームはモノポール化、巨大化し、利益も一部に集中してしまう。現在、プラットフォームの権力は、政治権力よりも大きくなってしまっているといっていい。

 一般市民は、プラットフォームの利便性に魅力を感じている。でもそれによって、自分たちの行動が監視され、行動に影響を与えられていることまでは気づかない。

 さらに、プラットフォームの下で働く労働者が厳しい労働条件で働いていることも知らされていない。

 それで、いいのだろうか。

 ぼくは、そうは思わない。このままでは、プラットフォームの権力ばかりが巨大化する。ぼくたちは、それに従わないと、生きていけなくなるのではないかとさえ心配される。

 極端ないい方をすれば、一般市民はユーザーではなく、プラットフォームの召使いになってしまうのだ。

 今のプラットフォームを民主的で、いい方向に改善しなければならない。

 そのためには、まずプラットフォームのアルゴリズムをオープンにして、透明性のあるものにする必要がある。さらに、多種多様なプラットフォームが出て来やすい環境を整え、プラットフォームに多様性をもたらす必要がある。特に、これは検索エンジンに求められる。

 また、国際的にビジネスを展開するプラットフォームをどう課税するのか、利益を分配することも考えなければならない。そうしない限り、ぼくたち一般市民は生活していけなくなる。

 それは、プラットフォームにとっても死活問題になるはずだ。今のままでは、働いても働いても、市民にお金が残らない危険があるからだ。

 しかし現状では、プラットフォームを規制する可能性は限られている。

 ユーザーであるぼくたち一般市民がまず、こうしたプラットフォームの問題に気づく必要があると思う。そうして、市民がプラットフォームをどう利用して付き合っていきべきか、自分自身で考えていくべきだと思う。

 そのために、プラットフォームの問題を指摘してきた。
 
(2019年10月31日、まさお)