ものづくりが変わる
デジタル化された社会において、インターネットやソーシャルメディが中心のように思われがちだ。
確かに、インターネットとソーシャルメディアが社会に与えている影響はとても大きい。仕事や労働もそれともに、変わろうとしている。
経済は、これまでものづくりによって成り立ってきた。ものをつくって、それを消費する。それが実体経済だ。つくったものに対して、それに応じた対価が支払われる経済システムだ。
産業革命後、機械化によって大量生産が可能になった。それとともに、実体経済が爆発的に成長した。
ものをつくるには、技術者や職人などの専門家が必要だ。ただ将来のものづくりにおいて、専門家とは誰だろうか。
図面を作成して、それを機械や職人の手で製作する時代は終わろうとしている。ここでは単に、自動化によって何でもロボットによってものづくりができてしまうことをいっているのではない。
ものづくりのアイディアがあれば、それをプログラミングして、3Dプリンターに製作させれば、自分の好みに応じたものが誰にでもできるようになる。それとともに、大量生産というものも必要なくなる。
専門家もいらない。となると、これまでものづくりにおいて専門家として必要とされてきた人たちは、どうなるのだろうか。
ものづくりが、個人化される。みんなが大量生産された同じものを使うのではなく、個人のアイディアや好みに応じたものをつくって、個々に使えるようになる。それはそれで、いいことだともいえる。
問題は、それに応じた対価が支払われるかどうかだ。ここでは、対価とは何かも定義し直さなければならないだろう。個人化されたものが個人でしか消費されないと、対価はどうなるのか。
となると、ものづくりで成り立ってきた実体経済はどうなるのか。実体経済はなくなるのか。
実体経済がなくなると、経済はどうなるのか。あるいは、実体経済を再定義しないといけないのか。
ものづくりが個人化されると、ものがすぐに飽きられないだろうかという心配もある。簡単にできるものづくりなら、次から次に好みに合ったものをつくればいい。耐久性のあるものは必要なくなる。
ものの耐久性と安全性は密接な関係あるので、耐久性が求められないと、ものの安全性はどうなるのだろうか。
デジタル化による将来のものづくりへの疑問は、止まらない。
(2019年8月15日、まさお)