カメラのピントが合わない
2015年4月だった。
戦後70年ということから、外国人記者会のツアーでナチス・ドイツ軍とソ連赤軍が最後の激戦を戦ったドイツ東部オーデル川沿いにあるゼーロウ高地に取材に出かけていた。
最初は、何も気づかずにカメラのシャターを切っていた。ところが、未だに発掘される激戦の戦没者を埋葬する墓地の慰霊碑の写真を撮ろうとした時だった。
カメラのレンズの真ん中に並ぶ戦没者氏名のピントがあってないことに気づいた。ピントを合わせようとして、カメラをいろいろいじってみた。でも、ピントが合わない。どうしようもないので、ピントの合わないままシャッターを切った。
カメラのモニターで見ても、それほどピントが合ってないようには見えない。でも、真ん中で文字がちょっと歪んでいるようにも見える。
その時は、ただカメラが壊れたかとしか思っていなかった。
自宅に戻って、写真をノートブックにインポートした。撮った写真を見ても、ピントが合ってないようには見えない。カメラは壊れていないのかと、ホッとした。
確かにここのことろ、暗いところでは視力が俄然落ちたように感じてした。オペラハウスの舞台上に出る字幕は、ほとんど読み取れなかった。歳も歳だし、ようやく老眼が必要になったかくらいにしか思っていなかった。
でも、暗い時の視力の落ちようがあまりにひどいので、次第に不安になっていった。
真剣に調べ出したのが、カメラのピントが合わないと思ってから1カ月ほど経ってからだった。
ネット上で、検索エンジンに症状を入れて検索してみた。結構早いうちに、黄斑変性症という聞いたことのない病名にぶち当たった。
チェックシートというのがあるというので、それをダウンロードして開けてみた。何だ、ただの格子状の線かと思った。ネット上に書いてある通りに、手のひらで片目を隠し、もう一方の目でチェックシートを見た。
すると、カメラのレンズを覗く左目で見ると、チェックシート真ん中の線があちこちで歪んでいるではないか。
ネット上では、加齢性の黄斑変性症が多いとある。まだ60歳にはなっていないので、加齢性というほど歳を取っていないのではないかとも思った。
黄斑変性症なのか。そんなはずはない。半信半疑だった。
強度の乱視で目が疲れやすいので、目のことではかなり気をつけているほうだった。
ほとんど毎朝、眼球を上下、左右に動かして目の体操をして目の神経を緩めていた。近いところを見ては、遠方を見る目の体操もしていた。バスタブに浸かった時はいつも、熱いタオルを目の上にのせて目の疲れを癒していた。
それなのになぜ。ショックだった。
ただでさえ、医者通いは嫌い。目医者など、いついったかまったく記憶がない。ドイツにきてから目医者のやっかいになったことはない。最低でも、30年は目医者にかかったことがないと思う。
友人や知り合いに、どの目医者がいいか推薦してもらった。
電話をかけて、アポイントをとろうとした。最初に聞かれたのは、その目医者で診察してもらったことがあるかだった。ないというと、1カ月半以上も先にしか空きがないといわれた。
でも、黄斑変性症の可能性があるので、何とか早く診てもらいたい、もっと早くできないかと粘ってみた。でも、ダメだという。万一急に悪くなったようであれば、電話をしなさいといわれた。
仕方がないので、そのまま予約を入れた。
2019年4月28日、まさお