ぼくは再エネいろはの記事「電気自動車で何が変わる?」で、将来電気自動車が普及しても、電気は不足しない、あるいは電気が不足しないように対策が講じられると書きました。
ただここでは、もう一つのことを考えなければなりません。
今、気候変動の問題が深刻になっています。これは、社会が脱化石燃料化へと変わらなければならないということです。その他の有限な資源もより効率的に利用して、持続可能な社会を構築していくことが求められます。
そこで考えなければならないのは、持続可能な社会において社会はこれまで通り成長していけるのかどうかということです。
ここで経済とせずに、社会としたのは、持続可能な社会において成長が、単に経済だけの問題ではなくなるからです。
持続可能な社会においては、後世世代が今と同じか、それ以上の環境、条件で生活を続けていける社会造りを目指します。
そのためには、資源とエネルギー消費を削減しながらも成長する社会造りが必要になります。その他、社会の成長と維持においては、出生率はどうか、資源は有効に、節約して使われているかなど、経済の成長以外にも配慮しなければならない要因がいろいろあります。
ということは、成長を新しく定義し直さなければならないということだと思います。社会の成長は、単に経済指標だけでは測れなくなります。
これは、ポスト成長社会について考えなければならないということでもあります。これを「低成長社会」だとしている人たちもいます。でもぼくは、成長の定義がかわるので、簡単にそれが「低成長」だとするのは適切ではないと思っています。
この問題については、ベルリン@対話工房で連載している「地道な市民」において、順次具体化しています。
そのため、ここではこれ以上深く入らないことにします。
ただ、今ぼくたちがそういう過渡期にいることだけは認識してほしいと思います。
(2020年4月08日)
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