ドイツの終戦日5月8日と日本への影響

 今から76年前の1945年5月8日夜、ドイツは降伏批准文書に署名しました。ドイツでは現在、この日を「ナチスから解放された日」としています。ただぼくにとり、この表現は、ドイツ自体の戦争責任をナチスに押し付けてしまったように感じてなりません。

 ぼくが長年付き合っているドレスデン空襲体験者のノーラさんは、「ナチスから解放されたのではない」といいます。ノーラさんにとり、5月8日は「戦争が終わった日」なのです。一般市民として戦争の苦しみから解放されたのでした。そういうノーラさんの気持ちは、とても痛いですね。

 実は、このドイツの終戦日、世界にとってたいへん大きな意味を持っていました。日本にとっても、重大な意義があったといわなければなりません。

署名されたドイツ降伏批准文書

 ドイツの降伏批准文書は、ベルリン郊外でドイツと英国、ソ連の元帥によって署名されました。米国とフランスの元帥は、連合国の証人として副署名したにすぎません。

 これは、ナチスドイツの直接の戦争の相手がソ連と英国だったことを示しています。特にソ連にとり、激しい独ソ戦に勝ったことは、ソ連が世界の大国となることを示すものでした。それとともに、米ソによる世界の覇権争いがはじまるといっても過言ではありません。

 日本にとっても、ドイツの敗戦はとても重要な意味を持っています。ソ連は独ソ戦に集中するため、日本はドイツ、米国、中国を抑制するために、1941年に相互の不可侵を義務つける日ソ中立条約を締結していました。

 しかしドイツの敗戦とともに、ソ連にとり、日本に侵攻しない意味がなくなります。ソ連はドイツの敗戦が濃厚となった1945年4月、1年後に失効する日ソ中立条約を延長しない旨を日本に伝えています。そしてソ連が日本に宣戦布告するきっかけをつくったのが、米英中が日本に降伏を求めた1945年7月26日のポツダム宣言でした。

 その時スターリンは、ドイツの戦後処理について話し合うため、ポツダム会談に参加していました。7月23日にポツダムであったチャーチル英国首相主催の晩餐会でスターリンは、酔った勢いにまかせ、「次は、東京で会談をやろう」といっています。スターリンは日本に侵攻して、東京を占領するつもりでいたのです。

 ソ連は8月9日、日本に対して戦闘を開始します。

 ドイツ敗戦を前後して、ドイツでロケット開発や原爆開発に関わっていた科学者が米国にリクルートされています。それが、米ソの核兵器開発競争をより加速させることにもなりました。

 こうして、米ソが覇権争いをして冷戦になる構造ができていったことがわかります。

 米国は遅くとも、1945年5月までに日本に原爆を投下することを決めていました。米国が核実験に成功したのは、1945年7月16日です。核実験に成功する前から、原爆を使うことを決めていたということです。7月末までに、ウラン爆弾とプルトニウム爆弾を生産する工場をそれぞれ完成させることも決まっていました。問題は、日本に原爆を投下する時期と場所だけでした。

 ぼくは、1945年7月25日の米軍原爆投下命令書を見た時、投下する原爆が複数になっているので驚きました。最初、この複数が何を意味するのかよくわかりませんでした。後で、米国が日本が降伏するまで原爆を投下し続ける予定だったことがわかります。広島と長崎への原爆投下は、それをスタートさせたにすぎなかったのです。当時の米軍の資料によると、8月15日小倉に3発目の原爆を投下することが準備されていました。すでに、プルトニウム爆弾に入れるプルトニウム球体がロスアラモス研究所で完成していました。

 米国はどうして、そこまで徹底して日本に原爆を投下するつもりでいたのでしょうか。ソ連赤軍が日本に迫っていたからでしょうか。

 そう思うと、日本が当時、米ソの覇権争いに巻き込まれていたことがわかります。そこで気になるのが、中国の情勢です。中国は今、覇権拡大路線をまっしぐらに進んでいます。それに対し米国は、中国の覇権拡大を抑制しようとしています。

 この状態は、第二次世界大戦を前後する米ソの動きに似ていませんか。

 当時その前に、植民地主義が拡大し、金融恐慌によって貧困が広がっていました。植民地主義がグローバル化だというのは、すでにこのサイトでも書いたことがあります。現在、グローバル化がすごい勢いて進んでいます。さらに金融危機が起こり、新型コロナのパンデミックの影響で、世界中に貧困が広がることが心配されます。

 世の中は今、どういう方向に向かおうとしているのでしょうか。それを思うと、今世界がとても危険な状況に置かれていることがわかります。ぼくたちは気をつけて世界の流れをウォッチして、戦争に走らないように声をあげなければなりません。

 なお、ポツダム会談を巡る史実と当時のポツダムの生活については、拙書(電子書籍)「きみたちには、起こってしまったことに責任はない でもそれが、もう繰り返されないことには責任があるからね」で詳しく書いています。関心のある方はのぞいてみてください。
 
(2021年5月07日、まさお)

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