国を守るとは?

 ドイツ政府は2023年6月14日、国家安全保障戦略を公表しました。ドイツでは、はじめての国家安全保障戦略です。A4で75ページのもので、今後の安全保障政策において政府の指針になるものです。そのため、具体的にこうする、ああすると規定されたものではなく、概要といってもいいかと思います。

 ドイツには、安全保障の重要事項や有事など重大な緊急事態において、その対応を審議する機関(たとえば、国家安全保障会議)はありません。現政権の連立協定では、国家安全保障会議を設置するとされています。しかし首相(社民党)と外務大臣(緑の党)の間で、会議を設置する場と議長を誰にするかで合意できず、国家安全保障会議は設置しないことになっています。

 ただそれでは政府の戦略が不透明なので、首相府が内容に関与しながら、内閣の枠内で外務省が中心となってまとまったのが、この国家安全保障戦略です。

 その内容にはすでに、いろいろ批判があります。ただそれについて述べるには、ドイツばかりでなく、欧州連合(EU)と北大西洋条約機構(NATO)を含めた政治体制と、現在の世界情勢などいろいろなことを知らなければ、よく理解できません。

 安全保障の課題は、国際情勢の変化とともに大きく変わってきました。権威主義、独裁主義的な国家首長が各地で権力を握っています。中国が台頭して、米国に対抗して覇権を握る勢いです。

 それに対してロシアは経済力、軍事力ともに覇権国の面影を失ったものの、世界で大国として権力を維持するどころか、過去の『ソ連帝国』を復活させようとしています。その思惑が、ウクライナ侵略戦争となって具体化してしまいます。

 国際情勢が複雑になった現在、安全保障についても新たに定義し直さなければならなくなっています。軍事力だけでは、国は守れなくなっています。

 そこでまず考えなければならないのは、国を守るとはどういうことなのかということです。

 日本では2015年に、安全保障関連法が成立。昨年末には、安全保障に関連する3つの文書が見直されました。

 日本の場合、安全保障は国民を守るためのものといいながらも、国民を守るという意味は、第二次世界大戦までの考えと変わっていません。軍事力で国体(国家の体制)を守るということです。その方法が集団防衛だと、安全保障関連法によってはっきりと定義されました。

 それに対して、今回公表されたドイツの国家安全保障戦略で気づくのは、国は軍事力だけでは守れないということです。

 それは、どうしてでしょうか。

 IT技術の進歩でサイバー攻撃などによって、国内のITインフラが機能しなくなると、市民の生活は成り立ちません。サイバー攻撃から防護することも、安全保障の重要な課題であるのはいうまでもありません。

 ドイツの国家安全保障戦略で感じるのは、国を守るとは市民を守ることであり、市民の生活を守るということです。

 それは、普段の生活を守ることであり、普段の生活を成り立たせている基盤を守るということなのです。そしてその基盤とは、何でしょうか。

 まずは、価値観です。それは、人権擁護と民主主義であり、自由と平等です。ですから日本の安全保障関連法にあるように、一般市民をそれによって監視して、自由を制限するようなことはあり得ません。

 一般市民の生活を守るために、エネルギー、食糧、医薬品などの生活必需品を安定供給しなければなりません。そのため、供給源を多様化するほか、資源供給国と友好的な関係を維持するとともに、資源供給国の政治的、経済的、社会的な安定を確保することも考えます。

 有事においてもものづくりとものの供給を安定させるため、製品や部品の輸入国を分散させるばかりでなく、サプライチェーンを多様にするほか、国内での生産も維持します。

ドイツでは、菜種の栽培がとても重要だ。ドイツの気候が、ロシアやウクライナで栽培されているひわまりにはあまり適さないからだ。その点で、菜種は食用油の原料として重要なばかりでなく、化学製品を製造するための重要な原料となる。こうして見ると、ドイツで菜種を栽培するのは安全保障でもある

 国を守ることで、もう一つ大切なのは気候変動の問題です。気候変動によって国内において、災害が起こるだけではありません。気候変動で食糧を輸入できなくなることを想定しておかなければなりません。気候変動に対処するために地球の環境を持続可能にし、安定した食糧供給を確保しなければなりません。

 これは、食糧供給において国際競争が激化し、それによって武力紛争になることを避けるということでもあります。

 これらすべての問題に対応してはじめて、国を守ることができるのです。

 ロシアによるウクライナ侵略戦争によって、西側社会の民主主義を基盤にした価値観を守るためには、十分な軍事力を保持して自己防衛しなければならないことがはっきりしました。

 ドイツを含めヨーロッパは、ロシアと陸続きです。ロシアによるウクライナ侵攻で、第二次対戦後の冷戦で平和を維持して西側社会は、ある意味で『ぬるま湯』につかってきたことに気づきました。

 ロシアにエネルギー供給を依存してきたドイツでは、エネルギーを1カ国に依存しすぎたことで、エネルギー危機を引き起こしてしまいました。エネルギーの1カ国依存がいかに、危険かということです。

 こうした教訓から生まれたのが、今回のドイツの国家安全保障戦略です。

 ただたとえウクライナ侵略戦争が終戦したところで、ロシアの脅威とロシアの政治的な不安定さはその後も、長く続きます。気候変動の影響で凍土が溶け、ロシアは食糧不足となるばかりでなく、今度はロシアからたくさんの難民が出ると見られます。

 ヨーロッパでは長期に渡って、不安定な状況が続きます。

 ドイツの国家安全保障戦略が、こうした状況に実際にどう対応できるのか。それは、まだまだ未知の問題です。国家安全保障戦略があっても、安全に対する脅威は変わらないどころか、大きくなるばかりです。

(2023年6月15日、まさお)

関連記事:
侵略戦争に無力な世界
人権擁護、外交交渉、平和という神話
きみたちには、起こってしまったことに責任はない   でもそれが、もう繰り返されないことには責任があるからね

関連サイト:
ドイツ政府の国家安全保障戦略の公式サイト(ドイツ語)

この記事をシェア、ブックマークする