第8章冒頭文

 『地道な市民』ではまず、最初に資本主義とグローバル化、デジタル化に分けて、現代社会の抱える問題について取り上げた。その後に、将来の社会がどうあるべきかを考えた。そのポイントは、将来社会においてエネルギー転換、正確にいえば、石炭や石油などの化石燃料から自然な再生可能エネルギーに転換することだ。

 それが、行き詰まった社会を改革するポイントとなる。それによって、社会は持続可能となる。持続可能な社会では、市民が力を得て、市民を中心とした社会造りを目指すことになる。

 市民が経済・産業活動によって酷使され、疲れ切っては、社会は持続可能にはならない。社会が持続可能になるには、経済・産業活動と市民生活が両立しなければならない。経済・産業が優先されるだけでは、産業国において出生率は上がらない。それでは、社会が高齢化し、人口が減少する。

 社会がそういう状態に陥ると、社会は持続可能ではない。社会は停滞し、衰退する。それが、ぼくが社会を経済優先社会から市民優先社会に切り替えるべきだと思っている理由だ。

 前章7章「市民が中心となる社会」と前々章6章「持続可能な社会が求められる」では、将来に向けた社会ビジョンとして、将来社会はどうあるべきかについて、その概要をまとめてきた。そのキーワードは、「市民」と「持続可能」だ。

将来社会では、ものいう市民が求められる。2021年9月のベルリンでの気候変動デモから

 ただそれだけ書いただけでは、不十分だと思う。

 市民を中心とした将来の社会は、具体的にどうあるべきで、どういうものになるのだろうか。その具体的な事例や施策はすでに、現代社会においても一部で現れている。たとえば再エネへのエネルギー転換を進めるドイツでは、その事例がいくつも見られる。

 そこで本章ではドイツの事例から、市民中心の将来社会における社会像を少し具体的に描いてみたいと思う。

(2022年2月24日、まさお)

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