診察までの不安

 目医者の診察を受けるまで、1カ月半以上も待たなければならないとは、一体ドイツの医療体制はどうなっているのだ。その間に、失明してしまったら、どうにもならないではないか。

 ネット上で、他の目医者も調べてみた。だが、待つ時間はどこも同じようだった。これが、ドイツの医療体制の現実なのだ。

 片目ではよく見えなくても、普通は両目で見ている。そのため、実際にはほとんど不自由を感じなかった。見えなくなったなあと感じるのは、暗いところで文字を読む時くらいだけだった。

 でも片目に「不具合」があるとわかっていて、何も手の打ちようもなく待っているだけというのでは、不安になるだけだ。

 黄斑変性症とは一体どういうものか、ネット上でいろいろ調べてみた。

 最初は、黄斑ということばさえ知らなかった。

 黄斑部というのは、眼底にある網膜の中心部分なのだという。そこに(正確には網膜の上の部分になるようだ)新しい血管ができて、黄斑部が変性する。その部分は、目に入ってきた光の焦点となるところだ。その部分が変形したので、歪んで見える。

 簡単にいえば、こういうことらしい。

 新しくできた血管は弱いので、破れて血液が眼底に広がってしまう危険もあるという。そうなると、失明する危険もある。
 
 ぼくの左目の状態がどういうものなのか、診察を受けるまでまったくわからない。それだけに、ちょっとしたことでも不安だった。

 ちょうどその時は、新しい本「小さな革命」(言叢社刊)を出す前だった。校正に追われていた。PDFファイルで送られてくる校正原稿をノートブックで見て、チェックしていたので、かなり目に負担がかかっていた。

 小さい時から強度の乱視で、目が疲れやすい。黄斑が変性して視力がかなり低下していたので、それだけ余計に目が疲れた。

 一段と視力が落ちたようにも感じた。そのため予約を取った目医者に、目がすごく疲れるので、予約にキャンセルがあれば、そこに入れてもらえないかと電話で聞いてみた。

 そうすると、こちらに電話しないで、病院で救急処置をしてもらったらいいでしょうと、つれない返事だった。

 ドイツでは、病院は通常、外来を受け付けない。週末や夜間など一般の開業医がやっていない時など、救急時においてだけ病院に行けば、応急処置を施してくれる。でも入院するほどの重病でない限り、その後は、かかりつけの開業医にいけといわれる。

 それでは、病院でどの程度検査してもらえるのかわからない。開業医の予約がくるまで待って検査してもらいなさいといわれるくらいなら、病院で長い時間待って診てもらっても意味がない。

 それなら、目医者の予約の日がくるまで待ったほうがいい。

 その間、ネット上でいろいろ調べたみた。レーザーや注射で治療すれば、治るという情報が多いのが目立った。いかにも最新医療であるかのごとく書いてあるが、ぼくには広告のようにしか映らなかった。

 レーザー治療や注射は、ぼくには典型的な対症療法にしか思えない。

 それでは、治すことにはならない。レーザーと注射といわれたら断ったほうがいいと思った。目医者に行くのは、症状を知るために検査してもらうだけにしよう。

 ぼくは、目医者にいく前からそう決めていた。

2019年5月14日、まさお

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