ナチスドイツは原爆を開発していなかったのか

終戦を巡る原爆の謎

 「ドイツの終戦日5月8日と日本への影響」の記事で、ナチスドイツが降伏した意味について書きました。そこでは、ドイツ降伏の広島と長崎に対する原爆投下に対する影響についても少し述べています。

 米国が日本への原爆投下を決めたのは、遅くとも1945年5月中だったと見られます。それは、ナチスドイツの降伏と無関係ではありません。米国はどうしても、ナチスドイツが開発する前に原爆を開発したかったのです。ナチスドイツの降伏とともに、米国は当初考えていた原爆のターゲットを失います。その結果、日本に原爆を投下することになったといわなければなりません。

 米国の原爆開発を加速させたのは、ナチスドイツです。ナチスドイツはそれまでに、原爆を開発していなかったかのでしょうか。この問題は、まだ謎に包まれています。

 ドイツの当時の原爆開発では、物理学者ヴェルナー・ハイゼンベルクらを中心としたウランクラブ(Uranverein)による原爆研究開発がよく知られていると思います。でもハイゼンベルクらは、原爆を開発するまでには至っていません。

ライナー・カールシュ著『ヒトラーの爆弾(Hitlers Bombe)、ドイツ核実験の秘史』

 それに対し、ナチスドイツはすでに小型の原爆を開発していたと主張しているのが、旧東ドイツ出身の歴史家ライナー・カールシュさんです。ライナーさんは著書『ヒトラーの爆弾(Hitlers Bombe)、ドイツ核実験の秘史』で、ナチスドイツが1944年10月にドイツ北東部バルト海にあるリューゲン島と、1945年3月にドイツ東南部テューリンゲン地方オーアドルーフの2回、原爆実験に成功していたとしました。

 ライナーさんは、ナチスドイツが原爆実験に成功していたことを、これまで調査されていなかった旧ソ連の資料から見つけたのでした。ただライナーさんが基盤としたのは、主に証言ばかりです。その証言を裏付け、原爆実験の事実を確実に立証する文書がまだ見つかっていません。それでは、史実として確定するにはまだ不十分です。

 でもぼくは、ライナーさんのいうナチスドイツによる原爆実験にとても関心を持ちました。それには、2つの理由がありました。ナチスドイツによる原爆実験が、日本にも影響を与えていたのではないかと疑問に思ったからでした。

 一つは、ナチスドイツが降伏前に原爆を開発していたのなら、原爆を戦場で使うことによってナチスドイツの降伏する時期がもっと後に伸びなかったのかということです。その結果、最初の原爆がドイツに投下されていた可能性はないだろうか。ぼくは、そういう可能性はなかったのかと思いました。

 二つ目は、ナチスドイツが原爆開発に成功していたとすると、枢軸国として同盟していたドイツと日本との間で、原爆開発で協力関係はなかったのかということです。

 ぼくは、拙書(電子書籍)『きみたちには、起こってしまったことに責任はない でもそれが、もう繰り返されないことには責任があるからね』を書く時に、この2つのことに疑問を持ちました。

 ライナーさんにインタビューして、この疑問について聞いてみました。

 そのインタビューをベースにして、ライナー・カールシュさんが主張するナチスドイツの原爆実験について、拙書(電子書籍)『きみたちには、起こってしまったことに責任はない でもそれが、もう繰り返されないことには責任があるからね』に詳しく書いています。関心のある方はのぞいてみてください。

 それを機に、ぼくの疑問は思ってもみなかった方法に進んでいきました。それについてはこれから、順次書いていく予定です。(つづく)
 
(2021年5月22日、まさお)

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関連サイト:
きみたちには、起こってしまったことに責任はない でもそれが、もう繰り返されないことには責任があるからね(電子書籍、立ち読みできます)

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