ドイツは核兵器禁止条約にオブザーバー参加するか

 ドイツのショルツ中道左派政権が2021年12月に誕生する前、ぼくは「核兵器禁止条約、ドイツ新政権がオブザーバー参加するかも」の記事で、ドイツが核兵器禁止条約にオブザーバー参加する可能性について新政権の連立協定に記述してほしいと、希望しました。

 連立協定には実際、4907行から4909行の3行において「ドイツが核兵器禁止条約締約国会議においてオブザーバーとして条約の趣旨を追っていく」とあります。ただしそこには、「われわれの同盟と密接に調整した上で」と付け加えてあります。それを忘れてはなりません。

 ここで「同盟」とは、北大西洋条約機構(NATO)のことです。連立協定は、「われわれの目標は、核兵器のない世界」だとして、ドイツから核兵器がなくなることだとしています。

 しかし連立協定においてNATOは、ドイツの安全保障にとって「不可欠な基盤」とされています。

 日本と同じように、ドイツは第二次世界大戦敗戦国です。そのうち、西ドイツは1955年に再軍備を認められ、翌年に西側の軍事同盟であるNATOに加盟しました。戦後の冷戦体制において、西ドイツが西側陣営に組み込まれたのです。

 それは、東西ドイツ統一とともに東西冷戦が終わった後でも変わりません。ドイツの憲法に相当する基本法(第24条第2項)において、ドイツは平和を維持するため、相互の集団安全保障システムに組み入れることができると、記述されています。

 これについてはいろいろ解釈があり、議論されてきました。ドイツ憲法裁判所のこれまでの判断からすると、平和を維持する目的であれば、NATOをそのシステムとして見なすと解釈されます。それが、ドイツの集団防衛の基盤になっています。

 ドイツは、NATOの一員としてであれば、核兵器を開発、製造、輸送、保管、利用することもできます。

 ドイツは現在、ドイツ南西部のブュッヒェル基地に約20の戦術的核兵器を保管しています。これは、米軍のものです。しかしその核兵器は、ドイツ空軍のトルナド戦闘機でドイツ兵士によって利用されることになっています。そうしてドイツは、核兵器の使用に関してドイツの主権を守ったともいえます。

ブュッヒェル南部ドにある欧州最大の米空軍ラムシュタイン基地。ここは、アフリカ・中東地域のための米軍のドローン操作基地でもある

 第一次メルケル政権の終わる直前の2009年春、シュタインマイアー外相(社民党、現大統領)は、ドイツにある核兵器の撤廃を求めました。その直後に成立する中道右派政権は、その連立協定でドイツからの核兵器の撤廃を約束していました。それは、同政権で外相となるヴェスターヴェレ自民党党首の求めに応じ、そう約束されたものだといわれます。しかしメルケル首相には、核兵器の撤廃をドイツが単独で実行する気はなかったといわれます。

 それ以降、ドイツの核兵器はドイツに保管されたままになっています。政治的にも、大きな問題になることはありませんでした。ドイツは集団防衛の枠内で、NATOの核の傘に依存しています。正確には、米国の核の傘といったほうがいいと思います。その条件で、核兵器を共用するというのがドイツ政府の基本的な立場です。それは、フォン・デア・ライエン国防相(現欧州委委員長)に直接質問した時も、そういわれました。外務省報道官に質問しても、同じ回答が返ってきました。

 それが、ドイツの核兵器に対する政治的な立場なのです。ドイツがNATO加盟国である限り、それは変わりません。

 メルケル首相が退陣し、ドイツでは2021年12月、社民党と緑の党、自民党によるショルツ中道左派政権が誕生しました。ブラント元首相の下で東欧諸国との関係正常化を求めて東方外交を推進した社民党、核兵器禁止条約を支援するとする緑の党、ドイツからの核兵器の撤廃を求めた自民党が、連立します。

 ぼくには3党連立の顔ぶれからして、ドイツの核兵器の問題がどうなるのか、とても関心がありました。

 2021年6月にベルリン日独センター主催で、インド太平洋地域の安全保障問題に関してオンライン・シンポジウムがあった時、ドイツの外交官はドイツを、核保有国と非核保有国の橋渡し役だと思っていると発言しました。

 それを聞いてぼくは、ドイツが核兵器禁止条約で「オブザーバー」として参加する可能性があるのではないかと、思いました。

 それが、「核兵器禁止条約、ドイツ新政権がオブザーバー参加するかも」の記事で書いたように、元環境相で、緑の党の外交担当連邦議会議員であるトリティンさんに、3党連立協議中に核兵器禁止条約問題で質問した背景でもありました。

 それによって、新政権が核兵器禁止条約にオブザーバー参加することを検討していることがわかり、前述の記事を書いたのでした。

 それには、もう一つ前兆がありました。それは、2020年11月にあった緑の党の党大会です。党大会は、2021年から20年間の緑の党の基本方針を決議するものでした。そこで緑の党は、核兵器禁止条約を支援するとしましたが、「批准」ということばを入れるのを避けました。

 党大会では、ドイツ・グリーンピースの理事で、事務局長のカイザーさんがビデオメッセージで、核兵器禁止条約を「批准」すると、党の基本方針に記載してほしいと強くアピールしました。しかし次期政権入りに強い意欲を示す緑の党は、この問題で現実的な内容に止め、それを見送っています。それで「核兵器禁止条約を支援する」と、記述されたのでした。

 それは前述の記事でも書きましたが、ドイツがNATO加盟国である限り、単独で条約を批准することができないからです。

 連立交渉中にトリティンさんに質問した時、党内左派のトリティンさんがとても現実的な話をするのにも、驚かされました。となると緑の党には政権入りしても、「核兵器禁止条約を支援する」には、オブザーバー参加の可能性しか残されていません。

 新政権成立後、ぼくは自民党の理事で、同党の外交担当ラムスドルフ連邦議会議員に、この問題で質問できる機会がありました。もし自民党が新政権で外相を取っていたら、ラムスドルフさんが外相になっていたのは間違いありません。

 ラムスドルフさんは連立交渉において、核兵器禁止条約ばかりでなく、核不拡散条約再検討会議についてもとても長い間議論したといいます。しかし連立協定にまとめる内容については、文量の問題があるので、詳しく記載することはできなかったと指摘しました。

 ラムスドルフさんはまず、核兵器禁止条約のオブザーバー参加は、核不拡散条約再検討会議の結果と連結することになっていると、説明します。さらに、オブザーバーが締約国会議においてどういう権利を持つのかにもよるとします。それは、第一回締約国会議で規定されることになっています。この2つの問題がまず、前提となるとし、その後にオブザーバー参加する意味があるかどうかを、外務省など関係省庁と検討することになっていると指摘しました。

 核不拡散条約再検討会議はコロナ禍の影響で、すでに何回も延期され、今のところ今年2022年8月に開催される模様です。核兵器禁止条約の第一回締約国会議は今年3月に、オーストリアで開催される予定でした。それもコロナ禍の影響で、今年中頃に延期され、まだ具体的な日程は決まっていません。

 さらにラムスドルフさんは、ドイツが単独で盲目的にオブザーバー参加することはないとも主張しました。連立協定には、「同盟と密接に調整した上で」と記載されています。

 つまり、NATOと協議してNATO加盟国の同意を得てからでないと、オブザーバー参加しないということです。

 ラムスドルフさんは核兵器禁止条約に関して、連立3党の間に隔たりがあったと指摘します。そのため、核不拡散条約再検討会議の結果とNATOとの調整の2つを、オブザーバー参加する前提条件にしてお互いに妥協したと、「オブザーバー参加」の背景を語ってくれました。

 そう見ると、ドイツが実際に、核兵器禁止条約にオブザーバー参加するのはまだ確定しておらず、確定するまでには時間がかかると見られます。

 ドイツのオブザーバー参加は、ドイツではまったく関心が持たれていません。ドイツメディアもこの点について、まったく報道していません。それに対して日本では、たいへん注目されました。

 ぼくは前述の記事で、日本政府にプレッシャーをかけるため、連立協定にオブザーバー参加に関する記述を入れてほしいと書きました。その意味で、とても効果があったと思います。ドイツが実際にオブザーバー参加するかしないに関わらず、ぼくの思惑通りになりました。

(2022年2月07日、まさお)

関連記事:
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関連サイト:
「核兵器禁止条約」の概要(広島市の公式ホームページ)
ドイツ政府連立協定(ドイツ語、PDFファイル)

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