2022年2月24日

 ぼくは2018年3月、「社会が右傾化する」という記事をサイトにアップしました。そこでは以下のように、書いています。

「現在の世界情報を見る限り、ぼくは現在が植民地化から世界恐慌、保守主義、右傾化へと進んだ1930年代とたいへんよく似ていると思います。歴史が繰り返されていると思えてなりません。
 世界はこれからさらに、1940年代と同じように戦争に走ってしまうのでしょうか。
 そうは思いたくありません。世界はお互いに依存する構造を造りながら、過去の過ちを繰り返さないようにセー
フティネットを築き上げてきたと信じたい」

 しかし昨日2022年2月24日、ロシアがウクライナに全面侵攻しました。ヨーロッパにおいて、第二次世界大戦後最大の戦争がはじまったのです。75年以上続いたヨーロッパの平和が、崩壊します。

ドイツ統一のシンボルであり、平和のシンボルであるベルリンのブランデンブルク門は今、ウクライナとの連帯を示すため、ウクライナ国旗の青色と黄色で電飾されている。ウクライナとの連帯を示すため、ブランデンブルク門前には、ウクライナ出身の市民をはじめとして、市民が集まっている

 これからこの状況は、どう展開するでしょうか。まだわかりません。このまま、ロシア軍がウクライナに止まるのか。あるいは、ロシア軍がさらに、旧ワルシャワ条約機構に属したバルト三国やポーランドなど東欧諸国に侵攻するのか。NATOは、東欧加盟国を集団防衛するため、NATO軍をこれら地域に集結させています。それだけに、ロシア軍が東欧諸国に侵攻すると、第三次世界大戦にまで発展しかねません。そうならないことを願うばかりです。

 ロシアとウクライナはこれまで、悲惨な過去を繰り返してきました。制圧されるのはいつも、ウクライナでした。その過去の歴史を顧みず、西側諸国はロシアへの対応において、ウクライナがとても繊細な地域であることを見逃していました。

 その点で、ロシアばかりではなく、ロシア対応を誤った西側諸国にも問題があります。そのことについてはロシアの思惑も含め、ここではもう深入りしません。ぼくはロシア・ウクライナ紛争の問題を解説、解明するつもりで、この記事を書いているわけではありません。

 ぼくは、昨年2021年に公開した電子書籍『きみたちには、起こってしまったことに責任はない でもそれが、もう繰り返されないことには責任があるからね』において、原爆投下の問題について、以下のように書きました。

「原爆投下は、人の命の問題だった。人の命は尊い。人の運命が、権力者によって決められる。殺すのか、生かすのか。権力者が人の命を天秤にかける。人にとって、死ぬか、生きるかの問題だ。どちらかしなかい。広島と長崎では、権力者の判断によってたくさんの人の命が失われた。そんなことがあってはならない。人の命は、ボタン1つで消えてしまってはならない。戦争では、人の生きる権利が無視される。人の尊厳も無視される。人は、戦争の道具として犠牲になる。そんなことは許されてはならない」

 ここで書いた問題は、原爆投下にだけ当てはまるわけではありません。戦争すべてに、当てはまります。ウクライナ侵攻を命令したロシアのプーチン大統領が、ここでいう権力者です。戦争に走ったプーチン大統領を、許してはなりません。プーチン大統領は、ロシアが核保有国だとして、核兵器によって威嚇する発言までしています。

 ぼくには、西側諸国メディアの対応も、とても気になっています。ロシアのプーチン大統領だけを悪者にする論調が、先走りしています。これは、西側における一つのプロパガンダではないですか。一方的な見方で、社会感情をエスカレートさせるべきではありません。

 ぼくは4年前、ぼくたちが1930年代のような状況に陥っていると書きました。でも今、4年間という短い間に、それよりもさらに危ない方向に進んでしまったように感じます。世界全体は今、かなりきな臭くなっています。ぼくたち市民はプロパガンダに騙されず、現状をしっかり認識して、エスカレートしないよう、慎重に対応するべきです。

平和のシンボル、ブランデンブルク門の地下鉄駅構内には、ナチスの台頭する1933年から終戦を迎える1945年まで、周辺がどう変わったかを示す写真が展示されている

 戦争で思い出すのは、1945年2月のドレスデン大空襲の体験者ノーラ・ランクさんのことばです。ノーラさんは空襲時、13歳でした。ドレスデン旧市街は今、戦前のバロック様式の街並みを再現させ、早いテンポで復興されています。それに対して、ノーラさんは「不安で仕方がない」といいました。

 ノーラさんは、「この美しさは、(戦争によって)いつでも簡単に破壊されるからね」といって、机をドンと叩きました。戦争は人の命も含め、ぼくたちから簡単に何でも奪ってしまうのです(以上、電子書籍『きみたちには、起こってしまったことに責任はない でもそれが、もう繰り返されないことには責任があるからね』から)。
 
 ノーラさんが75年以上も前に体験したことが今、ウクライナで繰り返されています。ノーラさんの不安が、ウクライナで的中してしまったといっても過言ではありません。

 ぼくたちは、戦争が繰り返されるのを止めることができないのでしょうか。

 過去のヒトラーも今回のプーチンも、民主的な手続きを経て選ばれ、権力を掌握しました。独裁者を選んだのは、ぼくたち市民です。これは、とてもつらく、重い現実です。戦争が起こった場合、プロパガンダがあろうが、扇動されて戦争に走る権力者を選んだ市民にも責任があります。

 それが、過去の歴史から学ぶべき市民の課題です。ぼくたち市民が「戦争反対」、「戦争は止めろ」と、もっともっと強く主張していかなければならないのだと思います。プロパガンダやフェイクニュースに騙されない目も、育てていかなければなりません。

 2022年2月24日が第三次世界大戦のはじまった日として歴史に残らないよう、ぼくたち自身も今後の動きをしっかりと監視したいと思います。

(2022年2月25日、まさお)

関連記事:
社会が右傾化する
第二次世界大戦枢軸国は今
ドイツの極右テロ

関連サイト:
きみたちには、起こってしまったことに責任はない でもそれが、もう繰り返されないことには責任があるからね(電子書籍)

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