難民が自治体首長になるのは珍しいことなのか

 リヤン・アルスヘブルさんは29歳。今年2023年4月に行われたドイツ南西部バーデン・ヴュルテンベルク州オステルスハイム村の村長選挙において、55%の得票を得て、村長に選出されました。

リヤン・アルスヘブルさん

 アルスヘブルさんは今から1週間後の6月9日に、村長の職務につきます。

 オステルスハイム村は、黒い森にある人口2800人弱の村。村の半分近くが農地で、農業中心の村となっています。

 アルスヘブルさんは1年前に、ドイツ国籍を取得したばかりのシリア人です。2015年に、シリアからレバノン、トルコを経て、トルコからボートで地中海を渡ってギリシアの島にある難民収容所に入りました。そこからさらに、マケドニア、セルビア、クロアチア、オーストリアを抜けて、ドイツに難民として入ってきました。当時、21歳でした。

 ドイツではまず、難民施設で共同生活をはじめます。ドイツ語教育を受けた後、自治体職員となるための教育を受け、黒い森の小さな自治体で幼稚園と自治体のデジタル化を担当する自治体職員として働きはじめます。

 職業教育を受ける時、自治体職員になるにはドイツ語がまだまだなので、ことばがそれほどできなくても何とかなる職人になったほうがいいのではないかといわれました。しかしアルスヘブルさんは、自分は自治体で働きたいとドイツ語を一生懸命に勉強します。

 アルスヘブルさんはちょうど大人になって、自分の人生に責任を持たなければならない時に、難民としてシリアを出てきました。その後も、自分の人生は自分で責任を持って進んでいかなければならないと思ったといいます。

 アルスヘブルさんが何回も、自分の人生に対する責任といういい方をするのが、とても印象的でした。

 ドイツでドイツ国籍を取得するには、ドイツで滞在権を得て最低8年経ていなければなりません。しかし難民として認定されると、6年後にドイツ国籍を取得する権利を得ます。

 しかしドイツ国籍を取得するには、ドイツの歴史、政治、社会などに関して難しい試験に合格しなければなりません。ことばの問題がある上に、ドイツの事情を6年で周知するのは、至難の業です。並大抵の努力では、この高いハードルを超えることはできません。

 しかし祖国を捨て、難民としてドイツに入り、ドイツで暮らすと決めたアルスヘブルさんの意志は、とても強いものだったと思います。アルスヘブルさんの話を聞いていて、そのガッツがドイツ社会に入って短い期間の間に、ここまで成功する糧になったのだと思います。

 アルスヘブルさんが村長選挙に勝って、ドイツの自治体の首長になることになると、世界中のメディアから注目されるようになりました。「これほど注目されるとは、思ってもいなかった」と、アルスヘブルさんはいいました。

 しかしアルスヘブルさんが注目されるのは、シリア難民だからです。シリアの難民だということばかりに焦点がいきます。ドイツに難民として移住し、ドイツ社会に統合した成功例としては、注目されません。

 それはアルスヘブルさんにとって不幸な話だと、ぼくは思います。

 アルスヘブルさんは、有権者が選挙において、ドイツ社会が開かれた社会であることを示してくれたと強調しました。ぼくも、そう思います。とかく保守的と見られがちな地方において、開かれた社会であることは注目に値すると思います。

 しかしこの点も、注目されません。これも、不幸な話だと思います。
 
 保守的なドイツ人が認めたくなくても、ドイツは移民社会なのです。移民社会において、移民がいろいろな要職につくのは当たり前のこと。移民社会では、そうあるべきなのです。

 アルスヘブルさんが村長に選ばれたのは、アルスヘブルさんの経歴とアルスヘブルさんという人物像から有権者が、村長に適任だと思ったからです。シリアからの難民だからではありません。

 アルスヘブルさんは、イスラム教徒ではありません。自分は無宗教者だといいました。それが、アルスヘブルさんが受け入れられた一つの大きな要因だった可能性があります。

 しかしアルスヘブルさんは、一人の人間として立候補し、アルスヘブルさんという人間が村長に選出されたのです。

 この点を誤解してはなりません。

(2023年6月01日、まさお)

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関連サイト:
オステルスハイム村の公式サイト(ドイツ語)

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