ぼくたちは米国に便乗してきたわけではない戦後覇権体制の誤解

 ドイツのメルツ首相は、ドイツも含め西側社会を「(米国の)便乗者だ」といいました。戦後米国の支援に便乗して、安全保障にお金を出さず、経済に投資して豊かさを得てきたのだというわけです。

 メルツ首相の発言からすると、それに対して西側社会は米国に対して罪の意識を持つべきだということにもなります。

 これは、トランプ米国大統領が主張していることを真に受けて、そう発言したともいわなければなりません。トランプ大統領は、西側社会の集団防衛組織である北大西洋条約機構(NATO)の加盟国に対し、もっとお金を出せと脅迫してきました。

 しかし、本当にそうだったのでしょうか。

 ぼくはそうは思いません。むしろ米国の覇権は、ギブ・アンド・テークの論理で強化され、強大になったのです。

 どういうことかというと、米国は自腹を切って、日本など西側社会の経済成長を支援して西側社会を豊かにすると同時に、米国の軍事力(核の傘も含めて)によって西側社会全体に対して安全を保障してきました。そうして、米国の思惑通りに西側社会が追従してくれる構造を構築してきたのです。それが、戦後の米国覇権の構造です。

 この覇権構造は、旧ソ連と中国の共産主義に対抗する手段として最も米国の安全に資するものだったのです。こうして冷戦が成り立っていたともいえます。

 決して、日本や西側社会が米国の支援に便乗して豊かさを築いたわけではありません。米国の思惑でそうなり、西側社会が便乗してきたように見えますが、それによって米国は強固な覇権を握ったのです。

 同時に米国は、米国で製造された軍事技術を西側社会に購入させ、西側社会を軍事的に依存させたともいわなければなりません。

 こうして、日本も含め西側社会は米国への依存度を高めてしまったのです。トランプ大統領の口癖でいえば、米国の覇権と米国への依存は覇権国米国と追従国西側社会の「ディール」によって成り立ったのです。

 トランプ大統領はそれを便乗だと称して、日本を含めた西側社会に心理的な圧力をかけ、罪意識を植え付けました。トランプ大統領がつくった架空の物語に西側社会が罪の意識を抱き、強引な力の政治に屈しているともいえます。

 その意味で戦後政治はこれまで、米国の思い通りに進められてきたし、今もそう進められているといえます。しかしトランプ大統領前までは、米国の思惑を通すために最低限国連決議など何らかの国際法上の決まりにしたがってきました。しかしトランプ大統領は政治的なルールを無視して力で押し付け、経済支援どころか、むしろ無謀な関税政策で経済的にも圧力をかけています。

 こうして過去から振り返ると、米国は終戦後から常に、自国の思惑通りに覇権を握ってきたことがわかります。しかしこれまでは、覇権国に追従してもらうため何らかの『飴』を追従国に提供してきました。西側社会の不幸は、それとともに軍事的にも経済的にも米国への依存度を高めてしまったことです。その弱みにつけ込んだのがトランプ大統領なのです。

 戦後構築された覇権と追従の構造までも破壊して力で追従しろといっているわけです。しかしその論理で、トランプ大統領下の米国は有事に西側社会の安全を保障してくれるでしょうか。

 トランプ大統領が力で押してくるなら、日本と西側社会はまず、トランプ大統領に100%の安全保障を求めて確約させる必要があります。その保障なくして、追従する理由はありません。

 ウクライナ戦争において平和の名目でウクライナに対してロシアに降伏することを求めるトランプ大統領の姿勢からしても、西側社会に安全を保障しているとは思えません。ウクライナはヨーロッパの西側社会にとり、対ロシアの一つの大きな牙城です。ヨーロッパにとり、それでいいわけがありません。

 トランプ大統領はイラン戦争においても、西側社会を無視する形で独自に戦争に走りました。その姿勢も、西側社会の安全保障を無視したといわなければなりません。

 米国が日本を含め西側社会の安全を保障しないなら、西側社会は「便乗」という心理的な圧力から解放され、新しい国家間ネットワークによって世界平和を求めるために、新しい地政学的なアーキテクチャーを築いていくべきだと、ぼくは思います。

 米国依存を段階的に解消すると同時に、西側社会の価値観を守る国々と連携していく時期にきました。西側社会はそのために、できるだけ早く第一歩を歩みはじめるべきです。

(2026年3月22日、まさお)

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