日独で緩和ケア医の実態は

 母が緩和ケア病棟から在宅に切り替えるに当たり、事前に定期的に訪問してもらう訪問医との顔合わせがあった。

 訪問医は地元で開業する呼吸器の専門医ということで、弟がぜひと選んだのだった。自宅から近いところで開業しているのも魅力だった。

 この訪問医は、若くてやる気のある呼吸器医としては優秀からもしれない。だが、緩和ケア医ではないことがすぐにわかる。

 母の胸部のレントゲン写真から、最近の胸水の状況を見ている時だった。医師は、細い針を胸に差し込んで胸水を抜き出す治療(胸水穿刺(せんし)をしてもいい。胸水の溜まる胸膜内(胸腔)に薬を入れて胸膜をくっつけてしまう胸膜癒着術をしてもいいのではないかといった。

 ぼくはその段階で、これはいかんと思った。すぐに医師に、「病院には、不要な薬はもう止めるようにお願いしています。処置は施さないで、静かにしてあげたいと思っています」と、釘を刺さねばならなかった。医師は「それも一つの方法ですね」と、ぼそぼそと小さな声でいった。

 薬は、緩和ケア病棟で出されていた薬をそのまま踏襲する。訪問医はただ、熱が出るなど感染症になると怖いので、早い段階から抗生物質を飲ませてほしいといった。そのために、抗生物質も処方した。

 自宅に戻って1カ月後くらいに、母が熱を出す。弟はすぐに看護チームに連絡して、訪問医から抗生物質を飲ませるように指示を受ける。

 弟から連絡あったので、テレビ電話で測った熱の推移を見る。熱は夜にしか出ていない。ぼくはすぐに、これは感染症ではないと思った。弟にすぐに、抗生物質は止めたほうがいいといった。熱はまもなく下がった。

 感染症がウイルスなど細菌以外によるものだと、抗生物質を飲ませても効果はない。感染症の疑いがあれば、すぐに抗生物質を飲ませるということ自体がおかしい。日本の医療ではそれが常道になっているが、それは邪道だ。

 訪問医は明るく、ユーモアもあるタイプ。心のケアという点ではとてもいい。ただ末期がん患者の症状にどう対応するかについてになると、この医師は緩和ケア医ではないく、普通の往診医だ。

 ベルリンの友人には、緩和ケアの資格を持つ訪問医があてがわれた。緩和ケア訪問医がなかなか見つからないので、家庭医にお願いすることも考えた。しかしドイツでは、資格がないと緩和ケアはできない。資格のない開業医が緩和ケアもできる日本とは、大違いだ。

 友人の担当となった緩和ケア医の対応を見ていると、末期がんによる苦痛をいかに緩和するかに重点が置かれているのがわかる。治療しないで静かに看取るという点では、なるほどという感じを受けた。

 友人の場合、便秘と体内に溜まるガスと水に苦しんでいた。ただその苦痛をいかに和らげるかについては、無策だったと思う。もっといろいろ考えてくれてもよかったのではないか。便秘には薬を飲んでも、まったく効果がなかった。そのためぼくは、自分の経験から、オオバコ(サイリウム)というハーブの一種を飲ませてみた。それで少し、便通がくるようになった。

 ガスと水に対しては、友人の苦痛を緩和させるため、ぼくのほうからリンパマッサージを処方してもらえないかとお願いしなければならなかった。

 友人の亡くなる前日は、日曜日だった。その日友人は、午前中から調子が悪い。訪問医の務める医院の24時間電話サービスを利用して、ぼくは医師のアドバイスを受けた。しかし今から思うと、医師は電話から容態の悪化と緊急性を認識して、患者のところに往診にくるべきだったと思う。

 母には、息苦しくなった時や、不安からパニック状態になった時などのために、追加でその時だけに飲むモルヒネが処方されている。しかし友人には、痛み止めはあったが、モルヒネは処方されていなかった。訪問医はまだ、モルヒネを飲ませる状態ではないといった。

 結果論だが、今から思うとあの時、追加で飲むモルヒネがあれば、友人はそれほど苦しまないで済んだのではないか。ぼくは後悔している。

 日本であってもドイツであっても、訪問医はそう頻繁にはきてくれない。1週間に1回の往診は、余程容態が悪化していないと、まず無理だと思っていい。母の訪問医からは最初は、2カ月に1回だといわれた。さらにええと思ったのは、容態に変化があっても、訪問医に直接連絡できないことだ。まず看護チームに連絡し、看護チームが必要に応じて訪問医に連絡して指示を受ける。

 それに対し、ベルリンの友人の場合は、看護・介護チームと訪問医がともに、24時間体制になっている。どちらに直接電話をして、アドバイスを受けてもいい。

 友人の場合、最初にどの程度の頻度で往診があるのかまったくわからなかった。看護チームと連絡をとりながら、容態を把握して、医師が往診の頻度を決めている感じだった。事前の顔合わせもなく、最初の訪問は友人が退院して、1週間ほど経ってからだった。友人が退院して亡くなるまで、1カ月くらいしかなかったが、往診は2回だけだった。

 在宅ケアになると、緩和ケア病棟にいる時に比べると、医師の診断や医師とのコミュニケーションが格段に少なくなる。母の場合、週末と主治医の不在の日以外、主治医が毎朝母の病室にきて、問診があった。主治医は、母の不安や不満の聞き手にもなっていた。

 主治医は平日、病棟にいるので、ぼくが面接に行った時に顔を合わせると、立ち話をしたり、母の病室にきてくれた。こうして主治医と頻繁にコミュケーションを取れたのは、とてもいいことだし、ありがたいと思った。

 医師が緩和ケア病棟内をある意味で『うろちょろ』しているのは、患者と家族のための心理的な緩和ケアでもある。在宅になると日本の場合、心理的なケアは看護チームが請け負うことになる。

 それに対してベルリンの友人の場合、心理的なケアはほとんどなかった。日本人友人とともにサポートチームを造り、毎日交代で誰かがいっていたのが、友人にとって心理的なケアになっていたと思う。

2023年1月20日、まさお

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関連サイト:
緩和ケアについて|厚生労働省

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