EU、カーボンニュートラルの苦悩

 欧州連合(EU)は、2050年までに二酸化炭素などの排出が実質ゼロとなるカーボンニュートラルを目指します。そのため、2030年までに二酸化炭素など温室効果ガスの排出を1990年比で、これまでの40%から55%に引き上げることを首脳会議で合意したばかりです。

 ここで問題になるのは、火力発電と原子力発電の位置付けです。ぼくはこの問題を、首脳会議では先送りされたと考えています。

 火力発電でもガス火力発電は、発電電力量に変動の多い再生可能エネルギーに柔軟に対応できます。そのため、再エネへの転換に向けた過渡的な発電方法としてどうしても必要です。

 それに対して石炭火力発電では、排出された二酸化炭素を分離、回収して地下などに貯留する技術(CCS)を利用すれば、二酸化炭素を大気に放出させないですみます。でも二酸化炭素を貯留するところが十分にあるのか、まだわかっていません。石炭火力発電は大規模発電所が主流なので、石炭火力発電が消滅していかないと、再エネ発電の普及も加速しません。

 原子力発電は、二酸化炭素を排出しません。でも大型発電所なので、再エネに対しては石炭火力発電と同じく、再エネを加速させない問題を抱えます。また放射能汚染の危険と、発電によって排出される放射性廃棄物の問題が解決されていません。

 石炭火力発電と原子力発電は、ベースロード電源です。再エネ化が進むと、ベースロード電源と再エネは両立しなくなります。再エネ化で必要となるのは、ベースロード電源ではなく、調整力です。

 ここで問題になるのは、EU加盟国の中ではポーランドやチェコ、ブルガリアなどの中東欧諸国で石炭火力発電に依存する度合いがかなり高いということです。それも、老朽化した石炭火力発電所が長い間稼動し続け、たくさんの住民がその汚染に苦しみ、とてもうんざりしています。

 ぼくが2008年のはじめ、ブルガリアの原発を取材するために首都ソフィアに入りました。その時、あまりにスモッグがすごいのでびっくりしました。ぼくはその20年ほど前に、ソフィアを訪れたことがあります。でもその時と比べ、あまりに違うので唖然とさせられました。

 その一つの要因が、EU加盟でした。東欧諸国は2004年に、EUに加盟しています。その条件として、原発を所有する東欧諸国は安全上の理由から、古い旧ソ連製の原子炉を停止させられました。その分、石炭火力発電により依存しなければならなくなります。

 東欧諸国の石炭火力発電所は老朽化した古いものが多く、住民はそこから排出される汚染に長い間苦しんできました。それだけに住民には、それに代わる発電方法として、排ガスを排出しない”きれいな”原子力発電に対する期待が高いのです。

 東欧諸国は80年代後半にかけ、新しい原子炉を建設する計画をたくさん持っていました。それがソ連崩壊と冷戦の終結で、経済難に陥り、原子炉建設計画は軒並み頓挫しました。建設途中の原子炉が、野ざらしに放置されていました。

 その後、2007年に冷戦終結後はじめて、ルーマニアで建設が中断されていた原子炉1基が完成し、稼動します。スロバキヤでも、建設が中断していた原子炉2基の建設が再開されます。その他、ブルガリアやポーランド、スロベニア、さらにルーマニアでも、新しい原子炉を建設することが検討されていました。

 そのため当時は、東欧で原子力のルネッサンスかといわれたくらいです。ぼくが中東東欧諸国の原発を取材したのは、ちょうどその頃でした。各国が原子力発電の拡大によって、中東欧地域の電力市場において勢力を拡大するのを競っていました。

 中東欧諸国は主に、ヨーロッパ大陸の内陸地帯に位置します。そのため、風力発電には適しません。風が十分ではないからです。となると、太陽光発電に依存しなければなりません。でも太陽光発電は、夜発電できません。日中でも内陸地帯が太陽光発電に適切かとなると、やはり太陽の日照時間が短いなどのハンディーキャップがあります。

 もう一つの問題は、熱供給です。東欧諸国は冬の寒い地域です。冬の暖房は、大規模石炭火力発電所や原子力発電所からの排熱によって行われているところがたくさんあります。

 石炭火力発電所や原子力発電所が停止されると、それに代わる熱供給源が必要になります。

 ぼくが当時中東欧諸国を取材して感じたのは、東欧諸国の状況は西ヨーロッパの状況と大きく異なることです。そのため、西ヨーロッパだけの見方から頭ごなしに、石炭火力発電はダメ、原子力発電もダメとは簡単にはいえないことです。それでは、上目線で東欧諸国を見ているにすぎません。

 西ヨーロッパだけからの目線で議論しても、石炭火力発電を止めるべきことは過去の東欧諸国の経験から理解できます。でも、”きれいな”原子力発電はきれいではない、放射能の問題があるから危険で止めるべきだと議論しても、理解してもらうことはできないと思います。

 脱原発を決定し、再エネの進んできたドイツでさえ、そこにたどり着くまでに長い年月を要しました。それをドイツの現在からだけ見て、短い期間で東欧諸国に脱原発を認めさせようとするのには無理があります。

 この状況を考えると、東欧諸国が石炭火力発電ばかりでなく、原子力発電も放棄して、カーボンニュートラルを実現するのは、そう簡単なことではありません。東西の間で、過去の経緯と現在の状況があまりにもかけ離れています。

 その上で、東欧諸国はどうすべきなのか、そのために西欧諸国はどう支援すべきなのかを深く十分に考えないといけません。そうしないと、カーボンニュートラルが実現できないどころか、東西の分裂が大きくなるばかりです。

 実はこの東西ヨーロッパの(格差の)問題は、日本やドイツにおける原発地元と都会の反原発運動にもあると、ぼくは感じています。ぼく自身も都会にいて、都会からの上目線だけで原発地元を見ていないか、気をつけたいと思います。

2020年12月13日、まさお

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関連ダウンロード:
中東欧諸国の原子力発電所(PDF,4.4MB)、2008年3月作成、ヒアリング・リポート

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