ポーランド国境を開け、移民・難民を受け入れる

 ぼくは、ドイツのメルケル政権16年を振り返り、あまり語られないメルケル首相の失政についてまとめるつもりでいました。

 メルケル首相といえばたとえば、福島第一原発事故直後に脱原発を決めた政治家として、とても評価されています。でもぼくはから見れば、それは、メルケル首相のミスジャッジから生まれた名声です。

 難民問題もそうです。メルケル首相は国内の反対を押し切って、たくさんの難民を受け入れました。それに対しては、ぼくもとても敬服しています。しかしメルケル首相は、難民問題のためにそれ以外のことは、ほとんど何もしていません。

 メルケル首相の難民問題の対応が評価される背景には、ハンガリーがEUの一番外の国境を封鎖したことがあります。さらにそこから、ドイツに入る経路となるオーストリアが難民を一切通過させなかったことも忘れてはなりません。その結果、ドイツに流入する難民が激減しました。そのおかげで、ドイツの難問問題が収束したのです。

 メルケル首相はこうして、自分とは価値観の違う国の対策に助けられたのでした。

 ベラルーシとポーランドの国境に今、EUに入ろうとする移民・難民が集まっています。数千人集まっていると見られます。ポーランドはそれに対して、国境線に鉄条網をはって兵士を配備し、移民・難民の流入を阻止しようとしています。ベラルーシ側にも、兵士が配備されています。この状況では、ちょっしたことで両国の間で一発触発の状態になりかねません。それは同時に、NATOとロシアの間がとてもきな臭くなることを意味します。

 今こういう事態になっているのは、欧州連合(EU)が2015年の難民危機から何も学んでこなかったからです。メルケル首相がドイツを中心に、難民流入問題に関してEUの外堀の国境においてどういう対策を講じるのか、これまで何も具体化してこなかったツケでもあります。この問題は、EUの一番外側にある加盟国に押し付けてきました。

 その弱点が今、ベラルーシのルカシェンコ(自認)大統領とロシアのプーチン大統領にうまく利用されています。

 流入しようとする移民・難民の数は、2015年の時に比べると、格段に少なくなっています。でもぼくは当時以上に、EUが発足以来の最大の危機に陥っていると思います。

 それは、なぜか。そのためにはまず、簡単にEUの難民政策から見なければなりません。

 EUは通常、国境を封鎖せず、オープンにしています。移民・難民は、流入した加盟国で保護し、そこで難民(正確には庇護)申請手続きをして、受け入れるかどうかを審査します。その後に、受け入れ地が決まります。

 受け入れるのは、祖国において政治的に迫害される心配のある政治難民だけです。よりよい生活を求めて流入しようとする経済難民は受け入れません。経済難民は、祖国に送還されます。ただ現状として送還は、経済難民の祖国が受け入れないかぎり実現しません。その点で、経済難民の送還がうまくいっていないのも事実です。

 これが、EUの難民政策の大原則です。この難民政策は、EUの人道的な価値観に基づいています。この原則は、EUの難民法、EU憲章、欧州人権憲章などで記述し、規定されています。

 この大原則は、2015年の難民危機の時、ハンガリーによって無視されました。難民流入が迫ってくると、ハンガリーはすぐに、国境を封鎖しました。そして今、ポーランドがハンガリーと同じことか、それ以上のことをしています。

 EUにはこの大原則の下に、欧州国境沿岸警備機関(フロンテックス)という国境警備機関があります。その本部が、ポーランドのワルシャワにあります。しかしポーランドは国境に自国の兵士と国境警備隊を配置し、フロンテックスの警備隊を配備することを拒否しています。報道陣さえも国境線から排除し、報道の自由も奪っています。それでは、正確な状況が報道されません。

 しかし今回と2015年の時との間には、根本的な違いがあります。

 それは、欧州難民政策を無視したハンガリーに対しては、ドイツのほか異議を唱える加盟国がいくつもありました。しかし今回は、先日のEU外相会議でも見られるように、EU加盟国27カ国すべてが、欧州難民政策を無視するポーランドを支持しています。

 EU加盟国すべてが、EUの人道的な価値観を否定し、EU法規が棚上げにされているのです。EUは、加盟国による連合体です。それでも、法規の下に成り立つ法治国家群です。その下で、価値観を共有しています。しかし今回の事態は、それがもう破壊され、法治国家群ではなくなっているということです。

 EUはこれまで、三権分立を否定して司法を国家の管理下に置こうとして、独裁化に進むポーランドに対して厳しい態度で望んできました。欧州委員会がポーランドを欧州司法裁判所に提訴し、裁判所は高額の制裁金を課しました。それはひとえに、域内においてすべての加盟国が法治国家の枠組みを維持して、価値観を共有しなければならないからです。

 それが、EUが連合体として存続する大前提です。

 しかし今回の難民問題では、そのEU自体が法治国家制度を自ら放棄してしまいました。このどさくさに紛れ、ポーランドが国家による司法管制をより強化するのは間違いありません。欧州においてベラルーシに続き、強権な独裁国家が誕生しかねません。

 もしEUがこれまでの価値観の下において存続したいのなら、ポーランドに対して国境を開け、ベラルーシとの国境線にいる移民・難民を収容することを求めらければなりません。

 しかしメルケル首相には今、EUが重大な存続の危機に陥っていることの認識がありません。ルカシェンコ氏やプーチン露大統領と電話を続け、目先の解決策を探るだけです。ルカシェンコ氏に対しては、EUは大統領選挙を無効とし、まだ大統領だとは認めていません。そのルカシェンコ氏に電話かけることは、ルカシェンコ氏をベラルーシの大統領として認知したことを意味します。それと同時に、ルカシェンコ氏を大統領と認めない反体制派を無視したことにもなります。

 メルケル首相は今、実際には首相を退任し、新政権ができるまで暫定的に首相を務めているにすぎません。外交問題において、重要な決定をしてはならない立場です。

 とはいっても、ポーランド国境からEU域内に入った移民・難民をどうすべきかの交渉はできるはずです。国政選挙が終わったのだから、2015年にそうしたように、ドイツ国内で移民・難民を受け入れ、難民申請手続きをしても、政局に大きく影響する心配はありません。

 ドイツはこれまで、難民200万人を受け入れてきました。今回の移民・難民は、それに比べるとごく少数です。さらに移民・難民の受け入れを表明する他の加盟国も出てくると思います。

 問題は、むしろその後です。その後の移民・難民の流入をどう防げばいいのか。ぼくには、まったく考えが及びませんでした。ちょうどいいタイミングで、オーストリアの難民問題専門家ゲラルト・クナウスさんの考えを聞くチャンスがありました。

難民問題専門家のゲラルト・クナウスさん

 クナウスさんは、2015年の難民危機において、難民受け入れでトルコと協定を結び、難民の流入を大幅に減らすことを提案した立役者でした。その時は、当時EU議長国だったオランドとドイツが、長い時間をかけてトルコを説得し、トルコとの間で難民協定が締結されました。これまでEUはトルコに、難民を受け入れる資金として60億ユーロ(約8兆円)を支払っています。

 それでは今回は、どうすべきかのか。クナウスさんはまず、ポーランドの国境を開け、国境線に滞在している移民・難民を受け入れるべきだと主張します。さらに、難民申請手続きをドイツで行うべきだと提案します。その後もポーラン国境を超えてEU域内に流入する移民・難民に対しては、ある指定した期日からは、すべてウクライナに移送して受け入れてもらうようにするのがいいといいます。もちろんそのためは、事前にウクライナとじっくり交渉しなければなりません。トルコとの難民協定の第二弾を、ウクライナと締結すべきだということです。

 それによって、移民・難民問題でEUを混乱させよとするベラルーシとロシアの思惑は崩れます。移民・難民がEU、特にドイツに入国できるチャンスがなくなるからです。その結果、いくらルカシェンコ氏が移民・難民をリクルートしようとしても、流入しようとする移民・難民の数は激減するだろうと、クナウスさんは推測します。ウクライナも結果として、それほどたくさんの移民・難民を受け入れる必要はなくなると見られます。

 もちろん、第三国のウクライナとはしっかりと交渉しなければなりません。難民協定の交渉では、ウクライナは強い立場にあります。ウクライナに対して、それに見合うだけの利点がオファーされなければなりません。移民・難民受け入れのための資金援助ばかりでなく、ウクライナのEU加盟やウクライナ市民に対する入国ビザの免除など、ウクライナにとってかなり旨味のある交渉ができるのは間違いありません。

 ウクライナとの難民協定がまとまれば、ベラルーシのルカシェンコ氏を操るプーチン露大統領にプレッシャーをかけることにもなると、クナウスさんは主張します。ロシアに隣接するウクライナがより、EUに接近することになるからです。

 今のところ、ウクライナは感情的に難民受け入れを拒否しています。しかし難民協定はウクライナにとって、ロシアの脅威から脱する絶好のチャンスになるのは間違いありません。

 クナウスさんは、難民問題はこうして当事者だけではなく、第三国の協力を得て解決する以外にないと語ります。ウクライナの交渉で鍵を握るのは、やはりドイツです。ドイツにその気がないと、ウクライナとの協定は実現できません。

 ドイツでは現在、社民党と緑の党、自民党による中道左派政権の連立交渉が行われています。連立交渉前の3党による事前のキーポイントペーパーには、難民問題について抽象的な記述があります。そこで3党は、ドイツにはジュネーブ難民条約と欧州人権憲章の原則から難民問題において人道的な責任があるとし、その際、第三国との協定を役立てるべきだとしています。

 さらに3党は、EUをより強化すべきだとも主張しています。EUは現在、難民問題で法治国家体制を放棄して、危機的な状態にあります。それをできるだけ早く正常化しなければ、ヨーロッパがより不安定になります。

 米国が内向きになっている上、中国と覇権を巡って争っています。米国のヨーロッパへの関心がより薄くなっています。その点でも、ドイツが積極的にイニシアチブを握って、ヨーロッパの安定化に務めなければなりません。それは同時に、ドイツにとっても大きな利益になるはずです。

 ドイツが本気で、難民問題に対処することを願うしかありません。

(2021年11月19日、まさお)

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関連サイト:
ゲラルト・クナウスさんの国境問題サイト『どんな国境が必要なのか』(ドイツ語)

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