むしばまれるドイツのジャーナリズム

 単なる外様のジャーナリストの端くれとして、ぼくがいうのもおかしいのですが、ドイツのジャーナリズムがちょっとおかしくなっています。

 ドイツのジャーナリズムでは、報道の自由と多様性を維持、確保することが、とても重要になっています。ドイツの放送は公共放送が中心。その公共放送内においては、多様性を確保する手段がいろいろ講じられています。ただドイツ憲法裁判所が内部多様性だけでは不十分だと判断し、1980年後半に外部多様性をもたらすために、民間放送が登場しました。

 その点で、ドイツの民間放送は歴史が浅いのです。民間放送の報道も、まだまだといわなければなりません。

 新聞や雑誌においても、多様性がとても大切にされています。ドイツには、日本でいう全国紙はありません。販売部数も、日本の全国紙とは比較にならないほど部数が少ない。でも地方紙が大切にされるのも、多様性ゆえのことだと思います。

 ドイツの政治雑誌シュピーゲル誌がこの2022年1月4日に、発刊75年を迎えました。シュピーゲル誌は、これまで何回となく政治スキャンダルを暴き、体制批判を続けてきました。ドイツのジャーナリズムを象徴するような存在だと思います。

 ただここにきて、ドイツのジャーナリズムの質が劣化してきています。インターネットの普及によって、世界中でジャーナリズムが経営上ばかりでなく、内容上も苦しい立場に追い込まれています。

 それだからといって、十分に準備も取材もしないで、その問題についてよく知らないまま深く考えずに、表面的で内容の薄い報道をしていいわではありません。ここ数年来、ドイツの紙メディアにおいても、放送メディアにおいても、そういう報道が目立つようになりました。

 日本人のぼくでさえ、ドイツのことや問題の本質も知らないまま報道しているなあと思うことが多々増えています。自分の思い込みやイデオロギーにどっぶりつかった報道もよく見かけるようになりました。

 公共放送においてさえ、ドキュメンタリー番組の本数が減り、放映時間も夜の遅い時間帯に回されています。それに対して報道番組よりも、スポーツ番組やエンターテーメント番組が優先されるようになってきました。ドイツではほとんど毎晩、政治トーク番組が放映されます。でもそれもマンネリ化し、キャスターの勉強不足も目立ちます。

 テレビニュースではこれまで、地方放送の連合体である公共放送第一チャンネルARDのニュースがよかったのですが、最近はそのレベルがかなり下がっています。それに対して、公共第2チャンネルZDFのニュースのほうが挽回し、俄然よくなってきました。

 そのZDFの夜(21時45分から30分間)のメインニュース番組「今日のジャーナル(heute journal)」のキャスターを20年近く務めたクラウス・クレーバーさん(66)が、昨年2021年12月30日の放映を最後に退任しました。

 ぼくはクレーバーさんを最後に、ドイツの報道番組でジャーナリストがキャスターを務める時代が終わったと思っています。後に残ったキャスターも、肩書きはジャーナリストです。でもそのほとんどは、原稿を読むだけのアナウンサーに近い存在だといわなければなりません。ニュース報道に、それぞれのキャスター色が感じられません。

 そのクレーバーさんが退任を前に、週刊紙ディ・ツァイト紙のインタビューに答えています。

 クレーバーさんはその中で、「ある世界観に囚われてしまうと、すべての決定がすでに下りてしまっているので、もう長く考えないし、取材する必要もなくなる」といい、「イデオロギーは、ジャーナリズムにとって毒だ」としました。「ジャーナリストは、昨日いったことがそれでよかったのかどうか、いつも疑問に思っていなければならない」ともいいます。

 さらに「メディアにおいて、自分たちのことが正しく報道されていないと思う人たちが増えているのは、これまでのジャーナリストの責任だ」として、自己批判もしました。

 ぼく自身、偉そうなことはいえませんが、今のドイツのジャーナリズムの問題をよく捉えているなあと思います。

 ぼくは東西ドイツが統一された後、ドイツのメディアが東ドイツについて報道する時、西ドイツからの見方でしか報道していないのをとても問題だと思ってきました。昨年2021年秋の連邦議会選挙と政権交代においても、ドイツの新政権がドイツ東部で過半数を得ていないことを問題にしたドイツのジャーナリストは、誰もいませんでした。

 ドイツ東部の極右グループはよく、ドイツのメディアを「嘘つきプレス」と評します。ぼくはそれを、一理あるとさえ思っています。

 ドイツのジャーナリズムの中では、大衆紙などは日本以下のところもあります。とはいえドイツのニュース報道が、体制を批判しないで御用化し、エンターテイメント化してしまっている日本の報道に比べると、まだまだ格段に質が高いし、信頼できるといわなければなりません。

 そう思うと、日本のジャーナリズムは一体どうしてしまったのかと、日本人としては悲しく、寂しく思います。

(2022年1月07日、まさお)

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関連サイト:
ドイツ公共放送第2チャンネル(ZDF)のニュースサイト

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