大学病院で診察を受ける難しさ

 母とベルリンの友人も緩和ケアをはじめる前に、大学病院に検査入院した。そのことについても、比較しておきたい。

 母は日本の地方の大学病院。友人は、世界的にも高度医療を行う大病院として評価も高く、医療研究では世界トップレベルにあるベルリンの大学病院で検査を受けた。元々は、日本の北里柴三郎と森鴎外が留学していたところ。

 大学病院は精密検査をして、治療するための病院と定義される。治療せずに緩和ケアを選択すると、緩和ケア体制が決まるまでしか大学病院には入院しておれない。

 これは、日独の大学病院で差はなかった。緩和ケア体制は、病院側が準備する。しかし、ベルリンの大学病院が匙を投げてしまったのはすでに書いた通りだ(「日本のケアマネ制度をドイツに持ってきたい」)。

 母は2年半ほど前に、地元の大学病院で肺がんの疑いがあるといわれる。大きさからステージ1だが、まもなくステージ2になるくらいかと診断された。ただ正確にがんを確定して判断するには、その部位から組織を採取して病理検査をしなければならない。問題になったのは、母に生体検査に耐えるだけの体力があるかどうかだった。医師からは、検査のために入院するのではなく、生検後に自宅に帰れるだけの体力が必要だといわれる。それでは母には、無理だと思った。

 たとえ生検をしてがんが確定されても、どんな治療が可能になるのか。手術も化学療法(抗がん剤)も、高齢で、他にいろいろ病気のある母には無理。体力を消耗するだけだ。遺伝子療法の可能性もある。だが遺伝子が変異していない限り、遺伝子治療は意味がない。生検後に治療方法に悩み、緩和ケアも含めてどの方法をを選ぼうが、後で後悔する可能性も高い。それなら、生検の意味はない。生検をしないほうが、母の今のQOL(生活の質)を維持できると思った。大学病院の相談員からは後で、その判断でよかったのだといわれる。

 大学病院ではそれでもう、診察してもらえない。しかし母の場合はその後、2カ月毎にがんの進行具合を検査するため、定期的に検診にいくことができた。これは、とてもありがたかった。

 これはドイツでは、不可能だったと思う。ドイツだと生検をしないとなった段階で、ホームドクターに送り返されるだけ。その後に検診するにはホームドクターから送り状を出してもらって、放射線開業医のところでレントゲン検査やCT検査を受け、その結果をホームドクターに診断してもらう。あるいはホームドクターから、がん専門医への送り状を出してもらう。

 しかし放射線開業医のところでは、ホームドクターの送り状があっても検査まで、最低1、2カ月待たされる。MRI検査になると、もっと長く待たなければならない。がん専門医のアポイントをもらうとなると、さらに数カ月待つ。それでは、何のための検診かわからない。

 ドイツの病院では、精密検査するために検査入院が必要でない限り、ほとんどの場合検査してもらえない。これは、大学病院に限らず、すべての病院がそうなっている。病院は外来を受け付けず、入院して治療するところなのだ。

 緊急に検査や治療が必要な場合、病院の緊急受付にいくこともできる。だが運が悪いと、診察してもらえるまでほぼ1日待たされる。その覚悟が必要だ。ぼくの別の友人のパートナーは、自宅で吐いて意識不明になり、救急車で大学病院に運ばれた。だが脳外科医の診察を受けるまで、1時間以上待たされる。その時はすでに、くも膜下出血による出血多量の状態だった。すぐに手術を受けるが、術後すぐに脳死状態になる。他の友人の場合は、すぐに腎臓結石で手術をしなければならない状態だと診断された。しかし手術の順番がくるまで、2カ月半ほど待たねばならなかった。腎臓結石の手術のできる病院は、どの病院も手一杯。すぐに手術のしてもらえる病院がなかった。

 これが、ドイツの医療サービスの現実だ。

 後見人をしていたベルリンの友人の場合も、緊急に精密検査が必要となる。しかしすぐには、空きベッドをもらえない。診察したホームドクターから、大学病院の緊急受付にいくようにいわれた。ホームドクターが面識のある大学病院の医師と事前に打ち合わせていた。その後に紹介状も持って、朝早く緊急受付にいく。それでも病室のベッドに入れたのは、午後3時頃だった。友人はそれでようやく、昼食をとることができた。

病院でも面会禁止の張り紙があちこちに張られていた

 友人は、後見人がいることを病院に伝える。だが病院側からは一切、後見人には連絡してこなかった。後見人はコロナ禍で、電話でしか医師にコンタクトできない。友人の検査結果や病状を確認するために電話をするが、医師はほとんどいつもつかまらなかった。

 友人はドイツ生活が長いといえ、歳とともにドイツ語を話すのが億劫になっている。ドイツ語を聞き取るのも、難しくなっていた。医師や看護師とどうコミュニケーションしているのか。ぼくは気になっていた。

 友人がLINEをしていなかったら、本人の状況はほとんど把握できなかったと思う。友人に頼まれて届け物をするのも、病院の受付に渡しておいて、届けてもらうだけだった。

 母の場合、発熱して急に胸水が増えていることがわかる。まず地元の病院で胸水を抜いてもらった後、定期検診してもらってきた大学病院に検査入院することになった。病院では面会ができない。しかしスマートフォンで、ビデオ通話のサポートをするサービスがあった。看護師さんが気を利かせ、母を車椅子でエレベーターホームまで連れてきて、弟と合わせてくれたこともある。

 こうした細かい気配りは、ベルリンの大学病院では何もしてくれなかった。

2023年1月22日、まさお

関連記事:
日独で緩和ケア医の実態は
日本のケアマネ制度をドイツに持ってきたい
緩和ケア病棟か、在宅ケアか

関連サイト:
都道府県別の大学病院一覧

この記事をシェア、ブックマークする

 Leave a Comment

All input areas are required. Your e-mail address will not be made public.

Please check the contents before sending.