ドイツの医療サービスは悲惨
自分らしく死ぬために
ベルリン周辺を取り囲むブランデンブルク州にはこれまで、医科大学ないし医学部と大学病院がなかった。本来だと、州都であるポツダムに州の医療の中心となる施設ができてもよかった。しかし州政府は州の医療施設の立地場所として、石炭産業の盛んなラウジッツ地方にある州第二の都市コットブスを選んだ。ラウジッツ地方が脱炭素化でたいへんな構造改革を求められていることから、地域の構造改革の一環として昨年2024年7月、コットブスに医科大「ラウジッツ医科大学カール・ティーム」を設立した。学生を受けれいるのは、2026年からの予定だ。
先日、ラウジッツ地方の構造改革を取材するためのプレスツアーに参加した時、この医科大も取材することができた。医科大の構想と設置段階から関わっているナーゲル学長の案内で学内を回った。学長が開口一番、「もし緊急に医療サービスが必要なら、ベルリンの病院にいくより、コットブスにきたほうが早く治療を受けることができますよ」といった。
ベルリンからコットブスまでは電車で1時間半。「うちの大学病院の緊急受け入れなら、どんなに待っても2時間も待てば治療できます」という。ベルリンから急いでいけば3時半後には治療されるということだ。
ええ、それで緊急なのかと思うかしれない。しかし学長の発言は、ドイツの医療サービスの問題をそのまま反映している。コットブスの病院で3時間半後に治療を受けることができるなら、ベルリンの病院では信じられない速さだ。ベルリンでは病院の緊急受け入れにいっても、受付されてから7時間から8時間待たされるのが当たり前。救急車で病院に運ばれても、それほど大差はない。
ドイツの医療システムでは、病院は外来患者を受け付けない。病院は入院や手術が必要な重症患者を受け入れるところとして限定されている。病院で受け入れてもらうためには、ホームドクターないし専門医の入院指示書が必要となる。ただ週末や祭日など開業医が休みの時は、急患として病院の緊急受け入れにいけば治療してもらえる。しかし入院ないし手術が必要なければ、簡単に治療してその後はホームドクターにいくようにと返される。
ホームドクターは一般医ともいわれ、すべての病気の基点になる。風邪くらいならホームドクターで済むが、心臓病など専門の治療が必要な時は、ホームドクターから専門医宛の紹介状がないと、専門医ではいきなりいっても治療してもらえない。紹介状なしで直接いけるのは、歯科医、眼科医、整形外科医、産婦人科医。レントゲン検査や胃カメラ、大腸カメラ、CT検査、MRI検査が必要な時も、ホームドクターから放射線医宛の紹介状をもらわないといけない。ホームドクターがエコー検査をできない場合も、放射線医などで検査をしてもらわなければならない。
ホームドクターは予約なしで行けるところも多いが、予約がないと長く待たされる。紹介状が必要な専門医の場合は、予約をとっていく。しかし予約は往々にして、数カ月待たないと取れない。胃カメラや大腸カメラ、CT、MRIなどの検査になると、半年待たされるのもざらだ。
ぼくが黄斑変性症の疑いがあるので眼科医で予約を入れた時も、1カ月半待たなければならなかった。その間に眼底の膨れたところが破れたらどうするのかと聞くと、そういう心配がある時はすぐに診察にきなさいといわれた。しかしその後、急に視力が落ちたように感じたので、眼科医に電話したが、そう思うなら病院の緊急受け入れにいったらいいでしょうと、まったく相手にされなかった。

心筋梗塞でステントを入れている友人が再び心臓が痛いといいだしたので、急いでステント手術をした病院の緊急受け入れに連れて行った。しかし、心電図を取りながら数時間待たされ続けた。友人はその後、ステント手術をして一命を取り留めている。
別の友人のパートナーだった女性は自宅で急に吐いたので、すぐに救急車で世界でも優秀だとして知られるシャリテー大学病院の緊急受け入れに運ばれた。しかしすぐに対応してもらえず、くも膜下出血で手術をしたが、その時はもう出血多量の状態だったと医師から説明されたという。くも膜下出血は出血量が多いので、すぐに対応しなければならない。それができなかったのだ。女性は数日経って、脳死と判定された。
もう1人の友人の場合は、電話をしていて急に話し方がおかしくなった。これは危ないと、病院の緊急受け入れに連れていってもらった。7時間ほど待たされ、友人がすごい嘔吐をして失禁する。それでようやく、対応してもらえたという。
病院の緊急受け入れでは急患が多すぎて、すぐに対応できない状態が慢性化している。
病院の緊急受け入れがパンクしている一つの大きな要因は、専門医の予約がなかなか取れないからだ。それで、病院の緊急受け入れに患者が流れ込んでいる。緊急受け入れでは、患者の緊急度に応じて患者に対応しないといけないが、あまりにも患者が多いのでその判別さえも十分にできない。
胃カメラや大腸カメラ、CT検査が必要といわれて、半年待っていたらどうなるのか。その間に悪化して死亡してしまうのではないかと不安に思うのは当たり前。そのため、みんなどうしようもないので、病院の緊急受け入れに駆け込んでいる。
OECDの統計データによると、人口1000人当たりの医師数はドイツのほうが日本よりも1.5倍も多い。それにも関わらず、ドイツの医療サービスの現状は悲惨だとしかいいようがない。地方によっては、医師がまったくいない地域さえ出てきている。医療サービスは、高齢化の激しい過疎地にいけばいくほど悪化している。
ドイツの医療サービスの悪化は、人手不足だけでは説明できない。いくつもの問題が重なり、たいへん深刻な状態になっている。
病気では、予防が大前提となる。しかしドイツでは、日本の人間ドックのように集中して健康診断を受けるシステムはない。ホームドクターから紹介状をもらって、レントゲン撮影のために放射線医など専門医で一つ一つ予約をとりながら時間をかけて健診してもらう。その結果がホームドクターに渡され、健康状態が判断される。それで一体、どれくらいの時間がかかるのか。それで予防といえるのか。
これが、ドイツの医療体制の現実である。この悲惨な状況は、すぐに改善されるとは到底思えない。
歳をとるにつれ、ドイツ語を聞いたり、話したりするのも億劫になる。それでも必要があれば、診察の予約をとらなければならない。この状態でドイツに残り、悲惨なドイツの医療サービスの下で老後を暮らすのか。それを思うと、ゾーとしないわけにはいかない。
自分の老後はどこで暮らすのがいいか。自分で考えて判断する必要があると思う。
2025年11月04日、まさお
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