ぼくの育った家は土蔵造りだった
富山県高岡市には、山町筋といわれる土蔵造りの町並みがある。高岡は江戸初期に、城下町から商業町に転換され、こうした土蔵造りの家々が建ち並びはじめる。山町筋は当時、その中心だった。土蔵造りの家に入って座敷と仏間を見ると、ぼくは小さい時、こういう雰囲気の家で育ったのを思い出した。
発熱外来が隔離されていないってウソ?!
日本では、水際対策や面会規制がやたら厳しい。かといって、感染拡大防止対策が万全かというとそうではない。検査体制がずさんだし、コロナ感染の疑いのある人などを受け付ける発熱外来が隔離されていないなどの信じられない状況も見られる。木を見て森を見ずではないが、目先の対策だけがやたらと厳しくなっている。
高山線でカタンコトンとのどかに飛騨へ
2022年11月中頃、高山線で富山駅から下呂駅までのんびりと走った時に撮影した動画と写真。高山線に乗るのは、本当に久しぶり。数十年ぶりだと思う。カタンコトンと、列車の音もなつかしい。見事な秋の紅葉狩りもできた。「パノラマ席」という運転席後ろの一番前の席に座れたのも幸運だった。すばらしい景色、眺めだった。
富山弁と立山連峰
ぼくは小さい時から、立山連峰を見て育った。山は、ぼくの生活の一部だったといっていい。ドイツにきて、ぼくは山のない土地で暮らしてきた。ぼくは日々、山のないつまらなさを感じてきた。南チロルのドロミテに行ったりしたのは、山が恋しかったからだと思う。でもドロミテには、滝がなかった。それもさびしい。
雨晴海岸を走る
雨晴海岸は、立山連峰が背景に見える絶景の海岸だ。女岩がすばらしい。雨晴海岸といえば、ぼくにとって小さい時に海水浴を楽しんだ海水浴場だった。しかし数十年ぶりに見る雨晴海岸では、当時の白い砂浜がほとんど失われ、侵食を防ぐためのコンクリートブロックだけがやたらと目についた。あの時の砂浜はどこにいったのか。