新型コロナ感染者増加で面会禁止

日本で新型コロナ感染者が激増し、病院でも面会禁止となった。張り紙では一律禁止となっているが、緩和ケア病棟では、感染対策が厳しくなったが、まだ面会は認められる。しかしそれによる負担で、母は不安になり、病院のケアにも不満を抱きはじめ、精神的にかなり困惑してきている。母は、在宅でケアすることになる。


電話機のない電話番号

ぼくが小さい時に育った土蔵造りの家は、堤防整備の名目で強制的に解体されてしまった。その家には、電話開設の初期時代に電話が入っている。電話番号がその痕跡を残している。そのためぼくは、その電話番号はもう使わないが、電話サービスを中断した状態で毎月基本料金だけを支払いながら、その電話番号を保持している。


ぼくの家があった痕跡はないか

一級河川庄川の堤防整備でなくなってしまった大門町柳町。ぼくの育った土蔵造りの家は、その柳町にあった。その跡に、ぼくの家のあった痕跡がどこかに残っていないだろうか。思いついたのは、すぐ近くの神社だった。神社も変わってしまっていたが、古い石碑にぼくの曾祖父の名前が刻まれているのを見つけた。


ぼくの育った町はもう存在しない

ぼくの育った土蔵造りの家のあった町内は、もう存在しない。町が一級河川庄川の堤防に立地していたからだ。堤防の整備計画の名目で、町内から強制的に撤去することを命じられた。ただこれは、地方特有の土建業で成り立っている地方経済を振興するために、意図的に立案された意味のない堤防整備計画だった。


ぼくの育った家は土蔵造りだった

富山県高岡市には、山町筋といわれる土蔵造りの町並みがある。高岡は江戸初期に、城下町から商業町に転換され、こうした土蔵造りの家々が建ち並びはじめる。山町筋は当時、その中心だった。土蔵造りの家に入って座敷と仏間を見ると、ぼくは小さい時、こういう雰囲気の家で育ったのを思い出した。