ドイツの脱原発は大丈夫か

 ドイツで現在、原子炉が6基稼動しています。そのうち、3基が2021年末までに最終停止され、残りの3基が2022年末までに止まります。それとともに、ドイツは原子力発電から撤退します。

 その時期が近づくにつれ、ドイツでは脱原発の時期を先に延ばすべきだとする主張が出てきています。そこで根拠にされる要因は、だいたい決まっています。

 一つが、それまでに再生可能エネルギーで電気を安定して供給できる保証がないというのもの。もう一つは、気候変動が問題になっているのだから、二酸化炭素を排出しない原発を先に止めるよりも、石炭火力発電所を止めたほうがいいというものです。

 こうした定番の主張が出てくると、原発に反対する人たちからは、その裏には原子力ロビーが策略しているからだという憶測も出てきます。

 でも、本当にそうなのでしょうか。

2011年3月26日のベルリンでの反原発デモから

 ぼくは、そうは思いません。今ドイツの大手電力が、原子炉を最終停止する時期を先に延ばして、原子力発電をできるだけ長く維持したいと思っているとは、ぼくには到底思えません。

 脱原発時期を延期すべきだとする主張には、いろいろ誤解があります。

 まず根本的な誤解は、今発電で営利を上げることができると思ったら、大間違いだということです。そういう時代は終わりました。発電ではもう利益を上げることができません。

 特に原子力と石炭火力による大型発電所は、電力会社にとって大きな負担になっています。お荷物でしかありません。そこから、できるだけ早く手を引きたいというのが大手電力の本音だと思います。

 たとえば、ドイツ電力最大手のEonはすでに、発電事業から撤退しました。その背景については、本サイトでいろいろ書いてきました。

 次の誤解は、ベース電力のことです。ベース電力とは、電力消費が最低になった時でも常に必要となる電気のことです。それは主に、夜間供給される電気のことです。

 しかし、再エネで発電される電気が増えて発電量の変動が大きくなるにつれ、このベース電力という考え方自体があまり意味を持たなくなっています。大切なのは、電力需要が多かろうが、少なかろうが、その需要を安定して満たすことです。

 ドイツでは再エネ電力が増加するにつれ、ベース電力を基盤にした電力供給方式の根底が崩れています。需要の変動に対して、発電量の変動が激しい再エネ電力でどう素早く対応するのか。そのほうが大切になっています。その意味で、電力供給に対する考え方が変わってきたといえます。

 ただ今も、たくさんの人がベース電力を基盤にして電力供給が成り立っていると思っています。そこにもまた、別の誤解があります。

 それは、ベース電力が原子力発電で供給されているということです。原発はフル稼動を原則としているので、発電量が変動しません。その分、常に必要となるベース電力を供給するのに適しています。

 しかし、発電量に変動のある再エネ電力が増えるにしたがい、電力供給において常に一定の電気を供給する発電方法では、その変動にうまく適応できないことがわかってきました。変動のあるものには、一定のものよりも、変動のあるもので対応するほうが柔軟に対応できるのです。

 ベース電力は通常、原子力発電と石炭火力発電で供給されます。ただドイツはすでに、電気を定量供給するのは、原子力ではなく、石炭火力に変わってしまいました。

 それは、石炭火力発電のほうが原子力発電よりももっと柔軟性がないからです。燃えている石炭は、すぐに消せません。だから、石炭火力発電ではすぐに発電を止めることができません。でも原子力では、非常停止機能を使えば、すぐに原子炉を停止できます。

 その分原子力発電のほうが、石炭火力よりも柔軟に需要の変動に対応できます。だからドイツは、定量発電するのは石炭火力発電にしています。

 ですから脱原発しても、二酸化炭素の排出がそう増えるわけではありません。

 実は電力会社も、原子炉の非常停止をしたくありません。というのは、一旦非常停止で原子炉を止めてしまうと、それを再び立ち上げるのに、時間と莫大な経費がかかります。ただでさえ、発電で利益を上げることができないのに、非常停止でさらにコストが発生しては、それだけ原子力で発電する魅力がありません。

 再エネが増えるとともに、原子力発電と石炭火力発電が再エネと共存できなくなっているのがわかると思います。

 でも電力会社は、その本音をいいません。むしろいわないで、最終停止しなければならない発電所を盾に、政府からできるだけ多くの損害賠償を得ようとしています。

 その意味で、ドイツの脱石炭政策では、電力側の思惑通りになりました。脱石炭で、電力会社が多額の損害賠償を得ることになったからです。経済論理に任せていたら、電力側は損害賠償がなくても、いずれ石炭火力発電所を停止したと思います。多分そのほうが、早く脱石炭を実現できたと思います。

 もう一つの誤解は、廃炉に関わる問題です。

 原子炉を最終的に停止するとは、その分の資産が電力会社の資産から消えてしまうことを意味します。つまり、バランスシート上でその分の資産をゼロにしなければなりません。

 それを最終停止とともにいきなりゼロにしてしまうと、会社自体の資産額が激減します。その結果、国外の投資ファンドなどの絶好の買収対象になってしまう危険があります。

 それを防ぐため、電力会社は廃炉を開始するかなり前から、その分の資産を段階的に消却する準備をします。ですから、いきなり脱原発を延期するといわれても、電力会社が困るだけです。余分なコストがかかり、電力会社の負担増となります。

 現在稼動中の原子炉6基のうち3基は、ドイツの電力最大手Eonの所有で、その子会社のものとなっています。ぼくが数年前にEonのタイセンCEOに聞いた時は、すでに原発資産を消却する準備が終了したといっていました。

 その6基中の1基はさらに、ドイツ南西部を拠点とするEnBWのものです。同社の大株主はバーデン・ヴュルテムベルク州。州首相は、緑の党のクレッチュマンさんです。さらに、EnBWのCEOは長年再エネ畑で働いてきた人です。EnBWの重点は、再エネに移行してしまいました。今さら、原子炉を延命する気など到底ないと思います。

 後の2基は、伝統的に石炭産業に依存してきたドイツ西部地域を地盤とするRWEが所有します。同社はまだ発電ビジネスに固執していますが、脱石炭政策で莫大な補償を受けることになりました。脱石炭でより一層電力供給システムの構造改革が進む中で、大型の原子炉を保持する意味がどこにあるのでしょうか。

 ぼくはRWEにとっても、原子力は過去の遺物だと思います。

 それでは、ドイツの脱原発が先に延びる危険はないのでしょうか。

 脱原発が危険にさらされるのは、原子力ロビーによる工作ではありません。むしろ、再エネの発電量が伸びないことです。再エネ発電が伸びず、電気が足りないという結果になるほうが怖いのです。脱原発が予定通りに実現できるかどうかは、原子力産業ではなく、むしろ再エネの拡大に依存します。

 もちろん、脱原発と再エネの進捗状況を把握して、リザーブ発電所を設けるなどの措置を講じて、電気が不足しないように配慮されています。リザーブ発電所は主に、発電量の変動にとても柔軟に対応できるガス火力発電所です。

 ただドイツでは現在、再エネが伸び悩んでいます。2014年に再エネで発電された電気の固定価格買取制度(FIT制度)に入札制が導入されるとともに(本格的始動は2017年から)、年間増設できる発電容量に上限が設けられました。再エネの拡大にキャップがかけられたということです。

 さらに陸上風力発電に対する住民の反対が増え、風車がなかなか設置できなくなっています。陸上風力発電がこれまで再エネ電気を増やす牽引車だっただけに、これは再エネにとって大きな痛手です。

 年間発電容量の制限については、太陽光発電で小型施設に対する制限が撤廃されたところです。でも、ドイツ政府が今後どうやって再エネを拡大させるのか、その具体的な施策がまだ見えません。

 ぼくは、ドイツ政府が脱原発を予定通り実現するには、もっと本腰を入れて再エネを拡大させることを考えなければならないと思っています。そうしないと、脱原発の地盤が緩み、地滑りする可能性も出てきます。油断は許されません。

2020年7月26日、まさお

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