独潜水艦のイエローケーキは広島で使われたのか

終戦を巡る原爆の謎

 今から76年前の8月6日、人類史上はじめての原爆が広島に投下されました。日本に向かって航海中のドイツの潜水艦U234号に搭載されていたイエローケーキ(酸化ウラン)が米軍に押収されてから、2カ月半経っていました。米国はその間の1945年7月16日、ニューメキシコ州で世界初の核実験(トリニティ実験)を成功させます。

 核実験で使われた原爆は、プルトニウム爆弾でした。同型の爆弾(ファットマン)が長崎に投下されています。広島に投下されたのはそれとは異なり、ウラン爆弾(リトルボーイ)でした。

 ここで、一つの疑問が頭をかすめます。ドイツの潜水艦から押収されたイエローケーキは、濃縮してウラン爆弾か、あるいは原子炉で燃やしてプルトニウム爆弾に使われ、広島か長崎に投下されていないかです。

1938年頃の広島市内の様子。川左側の建物のあるエリアが旧中島地区。
今の平和記念公園のある辺りと見られる。橋は元安橋か。

 たとえば、当時マンハッタン計画の安全長だったジョーン・ランスデール少佐は、イエローケーキがマンハッタン計画のウラン濃縮施設のあったテネシー州オークリッジに運ばれたと発言しています。それを元に、イエローケーキが濃縮され、広島か長崎の原爆に使用されたに違いないとの憶測が広がりました。

 ドイツの潜水艦U234号を巡るイエローケーキ(酸化ウラン)は、伝説化された感じがします。U234号の潜水艦通信士ヴォルフガング・ヒルシュフェルトさんなど当時の生き証人が、いろいろな形で当時を記録したり、証言しています。米国でも、元東部海兵隊北部部隊のアレキサンダー・W・モファト戦術指導官が、U234号からの荷下ろしを監督した経験を語っています。

 しかし、これらの生き証人の証言や記録にはくい違いがあって、証言や記録が一致しません。たとえばU234号から荷下ろした時期でさえも、食い違っています。そこには、生き証人の憶測や思惑がいろいろあると思います。

 実は、ぼくが電子書籍で出した『きみたちには、起こってしまったことに責任はない でもそれが、もう繰り返されないことには責任があるからね』においても、生き証人の食い違いに気づかないまま、間違って書いてしまったものもあります。

 ぼくが、U234号のイエローケーキが昭和通商会社によって発注されたという事実は、すべて当事の公式文書を元に書きました。米国で押収された後のイエローケーキの取り扱いについても、米軍の公式文書をベースにして述べるべきだと思います。そうして、裏取りします。それが、史実を追う基本です。

 米国海軍作戦部長が1945年5月27日にドイツの潜水艦U234号が投降したポーツマスに指示したところによると、U234号の荷物の責任者パフ大尉が円筒状のものに入った物は危険であるとし、荷下ろしに立ち会って協力してもいいといっていると伝えています。翌日の現地ポーツマスから米国海軍作戦部長に宛てた報告書では、潜水艦からの荷下ろしが終わり、いつでも搬送できるようになっているとしました。荷をポーツマスで開けるか、開けないままワシントンに送るべきかの指示を待つとしています。

 パフ大尉によると、大尉はその後、米国陸軍情報部ドイツ人高官尋問施設のあったフォートハントから兵器調査研究所のあったメリーランド州のインディアンヘッドに移送されました。パフ大尉はそれがいつだったか、覚えていません。でも、その他の日程との関係から、それが1945年6月前半だったことがわかります。イエローケーキはそこで調査され、ウランであることが確認されたと見られます。

 その後、インディアンヘッド兵器調査研究所のダラー所長は海軍兵器局長に、問題のU234号の荷を1945年6月23日に積み込み、発送準備ができたと報告します。荷はその後、ニューヨーク市ブルックリン区にある倉庫に保管されたとの記録が残っています。

 しかしそれ以降、U234号のイエローケーキに関する記録は、公式文書にはもうありません。まだ公文書のどこかに、隠れている可能性もあります。(つづく)
 
(2021年8月06日、まさお)

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きみたちには、起こってしまったことに責任はない でもそれが、もう繰り返されないことには責任があるからね(書籍案内)

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