ナチスドイツのウランはどこに
ナチスドイツの原爆開発には、まだわかっていないことがたくさんある。特にナチスドイツが保有していたと見られる酸化ウランなどが、その後どうなったのか。その行方がわかっていない。戦争で破壊されたのか、あるいは処理して、使われたのか。それがはっきりしない。それを解明することも、ナチスドイツの原爆開発を解明する手がかりとなる。
むしばまれるドイツのジャーナリズム
報道の自由と多様性を主眼にしてきたドイツのジャーナリズム。でも最近、ドイツのことや問題の本質も知らないまま報道しているなあと思うことが増えている。自分の思い込みやイデオロギーにどっぶりつかった報道もよく見かける。20年近く公共放送のニュースキャスターを務めたクレーバーさんは、イデオロギーはジャーナリズムの毒だといった。
水爆の発案者は日本人だった?
水爆の原理を最初に発案したのは、日本の化学者萩原篤太郎が1941年5月に講演した時だったとの説が米国において発表され、科学界において広まります。しかし萩原は問題の海軍での講演において、原爆の実現可能性についてだけ述べていたことが、その後の講演録冊子を分析することでわかります。それとともに、水爆の発案を巡る15年間の日本人説の神話が否定されました。
コロナ対策で指導力を発揮できなかった
メルケル首相はコロナ対策においても、気候保護対策と同じように、現実を認識しながらも指導力を発揮できなかった。発揮しなかったといったほうがいい。メルケル首相が科学の警告をもっとコロナ対策に反映させ、コロナ対策を厳しくさせていたら、ドイツのコロナの状況は今、違うようになっていたと思う。メルケル首相の躊躇が、今のドイツのコロナ状況に悪化させたといってもいい。
「気候首相」といわれたが
メルケル首相は「気候首相」といわれたが、自動車の排ガス規制や気候保護政策、再エネの拡大などにブレーキをかけてきたのはメルケル政権だった。気候変動問題で中途半端な政策が16年もの長い間続いたツケは大きい。ドイツは2045年までにカーボンニュートラルを実現することになっているのが、そのためには課題は山積みだ。