電話機のない電話番号

ぼくが小さい時に育った土蔵造りの家は、堤防整備の名目で強制的に解体されてしまった。その家には、電話開設の初期時代に電話が入っている。電話番号がその痕跡を残している。そのためぼくは、その電話番号はもう使わないが、電話サービスを中断した状態で毎月基本料金だけを支払いながら、その電話番号を保持している。


ぼくの家があった痕跡はないか

一級河川庄川の堤防整備でなくなってしまった大門町柳町。ぼくの育った土蔵造りの家は、その柳町にあった。その跡に、ぼくの家のあった痕跡がどこかに残っていないだろうか。思いついたのは、すぐ近くの神社だった。神社も変わってしまっていたが、古い石碑にぼくの曾祖父の名前が刻まれているのを見つけた。


ぼくの育った町はもう存在しない

ぼくの育った土蔵造りの家のあった町内は、もう存在しない。町が一級河川庄川の堤防に立地していたからだ。堤防の整備計画の名目で、町内から強制的に撤去することを命じられた。ただこれは、地方特有の土建業で成り立っている地方経済を振興するために、意図的に立案された意味のない堤防整備計画だった。


ぼくの育った家は土蔵造りだった

富山県高岡市には、山町筋といわれる土蔵造りの町並みがある。高岡は江戸初期に、城下町から商業町に転換され、こうした土蔵造りの家々が建ち並びはじめる。山町筋は当時、その中心だった。土蔵造りの家に入って座敷と仏間を見ると、ぼくは小さい時、こういう雰囲気の家で育ったのを思い出した。


発熱外来が隔離されていないってウソ?!

日本では、水際対策や面会規制がやたら厳しい。かといって、感染拡大防止対策が万全かというとそうではない。検査体制がずさんだし、コロナ感染の疑いのある人などを受け付ける発熱外来が隔離されていないなどの信じられない状況も見られる。木を見て森を見ずではないが、目先の対策だけがやたらと厳しくなっている。