|
脱原発プロセスでは、脱原発が決定されればいいというものではない。最終的に脱原発が達成されるまでに、どういうプロセスを経ていくのかも、とても重要な要因になる。
その一つが、民意が広く、脱原発への意向を持ち続けることだ。それについては、前回書いた。
もう一つ重要なのは、電力システムと電力会社を含めたすべての電力構造が、脱原発に向けて変わっていくことだ。これは、ドイツの脱原発プロセスを見ていてそう思った。
それはなぜか。
脱原発が達成されるまで、原子力に代わる代替エネルギーを育成、拡大しなければならない。電力システムも、それに適する構造に改革しなければならない。電力会社も新しい電力システムに応じて、再編成されなければならない。
電力供給に関わるすべての要素が、原子力発電のない時代にむけて構造改革されていかなければならないということである。これを「電力構造改革」とでもしよう。
ドイツの場合、原子力の代替エネルギーになるのは再生可能エネルギーだ。ドイツでは、再エネは1990年代はじめから、法的に促進されてきた。しかし再エネ促進が本格化するのは、2000年に施行する再生可能エネルギー法からだった。
これは、与党社民党と緑の党の連邦議会議員を中心にした議員立法だった。それによって、アーヘンモデル(「ドイツの脱原発の芽はどこにあったのか」)を原型とする再エネで発電された電力の買取を義務付ける固定価格買取制度(FIT)が本格的に始動する。
ドイツのFIT制度は、再エネ電力の買取を優先する。送電事業者はまず、再エネ電力から送電しなければならない。送電網の安定性を維持するために再エネ電力を出力抑制すると、送電事業者は当該再エネ発電事業者に損害賠償しなければならない。その負担は最終的に、電力の最終消費者が負う。
|
 |
|
グラフは、ドイツのある祭日における発電電源構成の推移を示す。黄色が太陽光発電、青色が風力発電の発電電力量。黄色と青色の部分が、いかに急カーブに変化しているかがわかる。それに対して、原子力発電は黄土色、石炭型火力発電は茶色の部分で、こちらは発電電力量が一定だ。オレンジ色の折れ線が、総電力需要。太陽光発電が増えた時、原子力と石炭火力で発電された電力が不要になっているのがわかる(出典:ドイツ電事連(BDEW)、ドイツネットワーク機構(Bundesnetzagentur)) |
|
再エネ電力の優先買取りは、ドイツの電力業界を再編させるのに最も貢献した重要な施策だった。
ドイツの大手電力会社は、石炭火力と原子力など大規模発電施設で発電して高圧送電する。1997年に電力市場が自由化されてようやく、大手電力会社も電力小売に進出する。それまで配電と小売は主に、地域ないし都市毎に設置されている「シュタットヴェルケ」といわれる公共の地域都市電力公社が行ってきた。
電力市場の自由化で競争が激化する。大手電力会社は、大型投資のできない再エネへの進出を躊躇する。それに対してシュタットヴェルケは、激しい市場競争に対抗するため、積極的に再エネ化を進めた。
発電電力量の変動の激しい再エネ発電が増えるにつれ、フル稼働を原則とする石炭火力や原子力は再エネと両立しなくなる。
上図からわかるように、再エネだけで電力需要を満たす時間帯が増え、石炭火力や原子力で発電された電力が余り出す。大手電力会社はそのため、余剰電力をゼロないしマイナス価格で引き取ってもらう。発電と送電、売電だけでは、電力ビジネスが成り立たなくなる。
それに対応するため、電力最大手のエオン社は発電事業から撤退し、配電網を買い取って電力システムのためのシステム開発・提供会社へと再編した。第2位のRWE社(ドイツ西部を拠点)と第3位のEnBW社(ドイツ南西部を拠点)は、大型投資が可能な洋上風力発電に重点をおいて再エネ中心に再編する。
ドイツの電力市場構造は、再エネとともに変わっていく。原子力が生き残れる余地は少なくなっていく。
ウクライナ侵略戦争が勃発すると、ドイツではエネルギーのロシア依存が問題となった。ドイツにとり、半分が熱供給に使われる天然ガスの供給ストップが深刻だった。エネルギー危機となる。
しかし電力業界はこの状況においても、脱原発時期を延期することに関心を示さなかった。原発停止に向け、数年前から準備していたからだ。
それに対して野党や経済界は、脱原発時期を延期すべきだと要求。世論調査においても、脱原発延期支持が過半数に達した。しかし脱原発延期論は4月15日を過ぎてすべての原発が停止すると、プツンと消えた。ポピュリズム的な議論だったことがわかる。
社会では、ちょっとした状況の変化によって、民意ばかりでなく、政治と経済の意向も変わる。しかし電力構造が改革され、電力側が原子力を必要としない、むしろ嫌う状況になっておれば、脱原発のプロセスが社会の意向の変化に影響を受けない。
脱原発を実現するには、電力構造改革も同時に進行していなければならない。
それに対して日本では、容量市場ができるなど既存の電力構造を頑なに維持する政策がとられている。それでは、脱原発はまだ遠い話だと思う。
(2023年8月10日) |