ナチスドイツはすでに原爆を使用していた?
終戦を巡る原爆の謎
前回「ドイツの小さな原爆の計算式が提供されたが、日本に届いたか?」の記事で、ドイツから日本にドイツの小さな原爆に関する計算式が提供されている可能性について書いた。
計算式を提供する以上、ナチスドイツが開発したとみられる小さな原爆は原爆として機能していなければ提供する意味がないはずだ。
ナチスドイツが原爆を開発していたかどうかは、長い間ハイゼンベルクらを中心とした「ウランクラブ」が原爆を開発するまでに至っていないというのが通説だった。しかし『ヒトラーの爆弾』を書いた旧東ドイツ出身の歴史家ライナー・カールシュはロシアで見つけた資料から、ナチスドイツは原爆実験に2回成功していたとする。
それに関してはすでに、「ナチスドイツは原爆を開発していなかったのか」と「スターリンの原爆実験ビデオ」の記事で検証した。
さらにナチスドイツの原爆に関しては、1944年12月29日の日本の新聞が「ドイツ軍は目下原子爆弾を使用してゐる」とドイツの放送局が放送したと報じた。朝日、読売報知、毎日のほか、地方紙も同様の記事を掲載している。いずれも、当時の日本の通信社「同盟」の配信記事をソースにした。ただ「本当かな?」という口調があるのも事実だ。

同盟は、現在の共同通信(一般報道)と時事通信(経済報道)の前身に当たる。戦時中は独占的通信社で、海外のニュースを傍受して外務省や新聞社、放送局に情報とニュースを提供、配信するほか、政府の宣伝機関として海外向けに日本のニュースも流していた。
日本では海外各地で放送される短波放送が傍受されていたが、その中にベルリンも含まれていた。ドイツが原爆を使用しているという配信ニュースは、ポルトガルのリスボン発になっている。しかし日本で傍受したものがニュースソースだった可能性も高い。その点、リスボン発というのには疑問が残り、肩書きだけだった可能性もあるのではないか。
ニュースは、12月27日リスボン発となっている。しかしヨーロッパではこの日は、クリスマスが終わったばかりの日。これほど大事なニュースが、クリスマス直後に配信されたのかどうかも疑わしい。
まずドイツの新聞がこの時期に、原爆の使用に関するニュースを報道しているかどうかを調べてみた。しかしドイツの新聞では、V2ロケットの成功を誇示する記事が目立つ。これは、毎日新聞が独原爆使用のニュースの下に、ストックホルム発でV1型ロケットの改良型が出現かと報道しているニュースに内容的に似ている。
ドイツの小型原爆は、V2ロケットで使うことが想定されていたとみられる。しかしドイツの新聞記事には、V2ロケットに関してナチスドイツが原爆を使用しているとの記述はどこにもなかった。
ただこれについては、V2ロケットで空爆されたイギリスでの報道をチェックしておきたい。たとえば同盟がタイムズ誌の記事に関して報道しているものがあり、そこに原爆かと疑わせる記述がないわけではない。これは、もっと正確に検証したい。
次に、ラジオ放送の録音がないかどうかも調べるため、ドイツのラジオ放送の資料保管機関に問い合わせた。しかしラジオ放送は当時、放送局側で放送を録音していなかったことがわかる。今もそうだという。偶然誰かが録音していない限り、当該放送の録音は持っていないといわれた。
前述したカールシュの本は、同盟の記事配信2か月前の1944年10月にドイツ北東部のリューゲン島で原爆実験に成功していたと書いている。同盟の配信記事がこの原爆実験のことについていっている可能性はないのだろうか。これについては、これから本の著者のカールシュと話してみたいと思っている。
日本で配信された記事は、ドイツが実際に原爆の開発に成功していたのかどうかを示す重要な資料なので、今後まだまだ慎重に探して検証したいと思っている。
(2026年5月27日、まさお)
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「小さな平和」を求めて ポツダム・トルーマンハウスとヒロシマ・ナガサキ広場の記録
関連サイト:
ふくもとまさお著『「小さな平和」を求めて ポツダム・トルーマンハウスとヒロシマ・ナガサキ広場の記録』(あけび書房) 楽天ブックス