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ハウシングファースト、住まいを持つのは基本的人権

 ドイツ国籍を持つ友人が2017年、祖国マレーシアからベルリンに戻ってきた。ドイツでは、2015年の難民騒動が一段落した後だった。友人は最初、ホテルに宿泊していた。だが、60歳を過ぎていることもあって仕事が見つからない。結局、旧友たちのアドバイスを受け、生活保護を申請する。だがアパートは、すぐには見つからなかった。社会福祉課がアパートを見つてくれるまで、難民やホームレスなどを収容する宿泊所に仮住まいさせられた。

 友人は、「環境が悪くて、そんなところには住んでおれない」といった、毎日夜遅くなって宿泊所に戻り、朝早く外出する。そうして、寝泊まりするだけの毎日が続いた。そういう生活を半年くらい続けた。友人は現在、社会福祉課から充てがわれたアパートで生活保護を受けながら暮らしている。

 友人の場合それでも、かなり幸運だったのだと思う。時間がかかったが、ドイツの社会福祉制度はしっかりしていると感心したものだった。

 ベルリンでは、路上生活者がガード下など雨宿りのできるところで生活している。そういう光景を見るのは、日常茶飯事だ。EU加盟国ブルガリアとルーマニアからの人の出入りが自由になった時は、凄まじい勢いで路上生活者が増えた。当時は、路上で寝袋で寝ていたり、公園のベンチで寝ている東欧出身の人が多かった。それが現在は、テントやマットレスなどで路上生活している人が目立つ。長期に路上生活している人たちが増えたということだ。

 ベルリン州(市)の推定では、路上生活者が2000人から4000人いるという。ただそういう人たちは、氷山の一角にすぎない。2019年には、家賃が支払えず、約3000人が住居を失った。現在は、コロナ禍で家賃を支払えず、路上に迷う人がもっと増えている可能性が高い。難民も含め、住居を探して友人や公共宿泊所に仮住まいしている人たちも入れると、ホームレスは5万人ほどになるという。

 ドイツでも、ベルリンのような大都市では、路上生活者をどう支援するかが、重要な課題になっている。一旦立ち退きさせても、どこか別の場所に路上生活する新しい場所を見つける。いたちごっこだ。ベルリンでは寒い冬になると、深夜、市内の地下鉄の駅をいくつか路上生活者のために開放する。寒さしのぎをするためだ。ただこれまでの路上生活者支援政策は、コストがかかるだけで、路上生活者を減らす根本的な解決策にはなっていない。

 そこでベルリン州では、路上生活者を支援するNGOと共同で2018年、モデルプロジェクトとしてハウジングファーストプロジェクトを開始した。プロジェクトでは、住まいを持つのは基本的人権だという前提の下、路上生活者にまず住居を提供することで、路上生活から離脱して独り立ちして生活できるよう支援する。

 プロジェクトは3年間の2021年末までに、路上生活者80人にアパートを提供して、自立して生活できるようにすることを目指す。ベルリン州のブライテンバッハ移民労働社会大臣は、路上生活者がなくなるのが理想だという。それに伴い、行政機関に路上生活者のための支援部課と公共宿泊所が不要になり、社会政策コストが削減できる。大臣は各地区にある公共住宅建設管理会社に、路上生活者を収容するために一定数のアパートをリザーブしておくよう交渉したいとする。

 ベルリン州政府はこれまで路上生活者支援のため、毎年数百万ユーロ(数億円)の予算を計上してきた。大臣は今回のモデルプロジェクトによって、路上生活者支援の財政負担を大幅に軽減する目処が立つことを期待する。

 しかしそのためには、社会的合意も必要だ。ベルリンでは、住宅難と家賃の高騰が深刻だからだ。社会がそれを受け入れ、社会が連帯して路上生活者の問題に取り組む必要がある。ドイツでは5年ほど前、住まいを持つことが基本的人権であることを憲法に相当する基本法で明記しようとする動きがあった。しかしまだ、憲法を改正するまでには至っていない。

「ハウジングファースト」プロジェクトは、1980年代終わりから1990年代はじめにかけて、米国ではじまった路上生活者支援策だ。ただベルリンは、フィンランドのY財団の取り組みをお手本にする。フィンランドは欧州でただ一つ、路上生活者が減少している国。Y財団は、寄付金や公営カジノで得られた資金を流用して、路上生活者に住宅を提供する。2008年からこれまでに、路上生活者に約4600のアパートが引き渡された。それ以降、路上生活者の独り立ちを支援するため、役所の手続き支援や医療支援などを続ける。

 フィンランドでは現在、路上生活者が国全体で4000人程度に減少した。首都ヘルシンキでは、路上生活者向けに52ベッドしかない宿泊所が1カ所あるだけだという。この方法では最初にコストがかかる。でも全体としては、路上生活者支援策として効果的で、最終的にコスト削減効果が大きいという。

 通常、賃貸アパートを手に入れるには銀行口座を持っていること、住民登録されていることなどが要求される。アル中や麻薬依存者は、住居を見つけるのがさらに難しい。しかしそれでは、路上生活者が住まいを見つけて自立するのは不可能だ。それでまず、路上生活者のために家賃を肩代わりするか、財団所有のアパートで路上生活者を受け入れることで、路上生活者にアパートを提供して生活基盤を作ることからはじめる。

 Y財団のカーキネン会長によると、「生きるのは住まいからというパラダイムシフトが必要だ」という。

 東京オリンピックで、東京では路上生活者が次々に立ち退かされたという。その代わりに、新しい収容所が用意されたという話も聞かない。路上生活者はどこにいったのか。日本政府、東京都、組織委には、カーキネンさんのことばを聞かせたい。

(2021年7月26日、まさお)

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関連サイト:
Y財団(英語)
Housing First Berlin(ドイツ語)
ハウシングファースト東京プロジェクト

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