2026年3月14日更新 − HOME − ベルリーナールフト
ベルリーナールフト

「ベルリーナールフト(Berliner Luft)」は、ベルリン生まれの作曲家パウル・リンケが作曲した国民の音楽。『ベルリン市の歌』といってもいいほど、ベルリンに密着している。一般市民層のために音楽を書き続けたリンケならではのメロディーだ。


毎年6月に日本でも放送されるベルリン・フィルの野外コンサートでは、いつも一番最後に演奏されるおなじみの局だ。直訳すると、「ベルリンの空気」ということ。


このコーナーでは、ベルリンのあちらこちらから、日常の写真でベルリンの香りを届けます。


2005年 | 2006年 | 2007年 | 2008年 | 2009年 | 
2013年 | 2014年 | 2015年 | 2016年 | 2017年 | 2018年 | 
2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | 2023年 | 2024年 | 
2025年 | 2026年
ヘブライ語の道路標識

ヘブライ語の道路標識  ヘブライ語の道路標識  ヘブライ語の道路標識
ヘブライ語の道路標識

ベルリンの中心アレキサンダー広場の北西にある『ショイネンフィアテル』は、戦前までユダヤ人がたくさん暮らしていた地区だ。

直訳すると、「納屋街」とでもいおうか。確かに軒高の低い建物が多い。

その地区において数日前から、ユダヤ人の日常語となっているヘブライ語で書かれた道路標識が設置されている。

道路標識には、ドイツ語の道路名パネルの上にヘブライ語の道路名の書かれたパネルとその下にそれを英語で説明するパネルが取り付けられている。

ユダヤ人の生活を記憶するため、地元の区役所とユダヤ文化団体が共同で設置した。 (2026年3月14日)

プリースターヴェーク駅

プリースターヴェーク駅  プリースターヴェーク駅  プリースターヴェーク駅
プリースターヴェーク駅

Sバーン2号線と25/26号線の停車駅。同駅をさらに南に行くと、線路は2号線と25/26号線の2つに分かれる。

そのため、2号線と25/26号線の乗り換え駅でもある。ホームを2つ設け、乗り換えが楽なようにしてある。

「プリースターヴェーク」とは「聖職者の道」という意味。線路に沿った歩行者用の道だ。聖ヤコブスの遺骸があるとされるスペインのサンディエゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路の一つであったとされる。

駅は戦前の1928年にオープンした。

駅はまた、線路沿いにある自然公園への入り口でもある。公園は、戦前南西に向かう長距離列車が走っていた線路の跡地。線路を撤去しないまま、樹木が自然に生息している。 (2026年3月07日)

フリーデナウ駅

フリーデナウ駅  フリーデナウ駅  フリーデナウ駅
フリーデナウ駅

Sバーン1号線のフリーデナウ駅は1874年、新しい住宅地区フリーデナウの住民の足となるよう設置された。

しかし駅はフリーデナウ地区ではなく、その北のシェーネベルク地区にある。

駅の設置は、商人のシュポンホルツが住民団体と一緒に鉄道会社と交渉した。シュポンホルツは銀行などと共に資金を提供し、敷地も提供している。

駅は1891年、ローカル線用に新しい線路が設置されたことで移設され、現在の形になった。それまでの駅舎はスイス式の建物で、現在駅出入口横に残され、イベントハウスなどとして使われている(2番目の写真)。

駅は、ガラス張りの温室様式となっている(4番目の写真)。 (2026年2月28日)

シュラハテンゼー

シュラハテンゼー  シュラハテンゼー  シュラハテンゼー
春よこい

ベルリン西にあるシュラハテンゼーは、約42ヘクタールの湖。ぼくは以前、この湖を何回も回ってフルマラソンを走る準備をしていた。

その湖が今、まったく凍ってしまっている。先週寒さが緩んだが、今週は再び、連日寒いが続いた。氷が溶けきらなかったのだと思う。

ベルリンでは今年に入り、寒い日が続いている。この週末からは、かなり穏やかなになる予報だ。

湖の氷も溶け、早く春らしい天気になってほしい。 (2026年2月21日)

フォイアーバッハ通り駅

フォイアーバッハ通り駅  フォイアーバッハ通り駅  フォイアーバッハ通り駅
フォイアーバッハ通り駅

Sバーン1号線にあるフォイアーバッハ通り駅は、鉄道の電気化とともに1933年5月にオープンした。当時の駅名は、「フェルト通り駅」だった。

駅は終戦1カ月後に再びオープンするが、戦争で損害を受け、1950年代はじめに修理されている。

戦後1980年、ストライキで旧西ベルリンのSバーンは運転を休止。1984年に、Sバーンの運用が旧西ベルリン交通公社に移管される。

その時駅舎は、躯体だけを残して解体され、修復される。元のレンガ造りの駅舎が復活した。 (2026年2月15日)

シュテグリッツ役場駅

シュテグリッツ役場駅  シュテグリッツ役場駅  シュテグリッツ役場駅
シュテグリッツ役場駅

シュテグリッツ役場駅は、Sバーン1号線にある。ベルリンでも一番古い駅の一つで、1839年6月にオープンした。当時は単に、「シュテグリッツ駅」といった。

その後、鉄道事故や高速道路の建設などの影響で、線路と駅が現在の位置に移設された。

1965年高速道路の建設時には、1873年に建設された旧駅舎も撤去された。ただ駅東出入り口横に1910年に建設された建物(最初の写真)が残ったことから、駅舎の一部として利用されていた時期もある。

1992年5月、隣接する地下鉄の駅名に合わせるため、現在の駅名に変更された。 (2026年2月07日)

ベルリン中央駅

ベルリン中央駅  ベルリン中央駅  ベルリン中央駅
中央駅を歩く

ここのところ寒いのに加え、路面が凍っていて歩くのも危ない。そのため、ジョギングも散歩も控えている。

しかしそれでは、自宅に籠るだけ。からだを動かす機会がない。

それで、広い中央駅構内を散歩してはどうかと思った。早速、中央駅構内を歩いてみる。

ただ実際に歩いてみると、駅がそれほど大きくないのがわかる。できるだけたくさん歩こうとしたが、せいぜい3キロメートルくらいにしかならなかった。

ドイツの駅はだいたいそうだが、駅に密封されたところがない。どこも寒くて、駅構内を長く歩いておれなかった。 (2026年1月31日)

植物園駅

植物園駅  植物園駅  植物園駅
植物園駅

植物園駅は20世紀はじめ、シュテグリッツ地区とその南のリヒターフェルデ地区の区画整理が終わった後に、地元の公共住宅建設会社のイニシアチブで設置が決まった。駅は1909年5月にオープン。

近くに植物園があることから、「植物園駅」となる。

線路横にアールヌーボー様式で集合住宅が建てられ、住宅下の階が駅舎となった(4番目の写真の駅奥の白い建物)。

紅白で装飾された外壁は、チェス盤をイメージしている。

通路と駅階段室はガラス張りで(2番目の写真)、植物園の温室をイメージしている。

温室ガラス張り様式はその後、ベルリンの駅の標準として広がっていく。 (2026年1月24日)

凍ってしまった湖

凍ってしまった湖  凍ってしまった湖  凍ってしまった湖
凍ってしまった湖

ベルリンでは寒い日が続いていた。しかし寒さの峠は越し、今は穏やか。

先週末のまだ寒い時、ベルリン東部にあるミュッゲル湖に散歩にいった。

ベルリンで一番大きな湖。面が7.4平方キロメートル、一番長いところが4.3キロメートル、幅は最大2.6キロメートルある。

ところが水面全体が凍り、市民が水面に出て、スケートをしたりしているではないか。氷がちょっと薄いのではないかと心配した。

別の湖ではこの日、氷が割れて警察のへリコプターで救助された人もいたようだ。 (2026年1月17日)

氷の彫刻

氷の彫刻  氷の彫刻  氷の彫刻
氷の彫刻

ベルリンでは、寒い日が続いている。寒さはまだ3、4日続きそうだ。

先日、日中でも零下8度にしかならない時に、ベルリンの西側にある森グルーネヴァルトに散歩に行った。

その時、森の池の辺りで見つけたのがこの氷の彫刻。池からどうやって氷を引き出したのか不思議だが、池には氷を取り出した跡がある(3番目の写真)。

しっかり着込んでいったこともあり、それほど寒いとは感じなかった。むしろ2時間ほど歩いて、清々しい気持ちになった。 (2026年1月10日)

新年の雪

新年の雪  新年の雪  新年の雪
新年の雪

ドイツでは新年に入り、雪となっているところが多い。

ベルリンでも2日から雪が降りはじめ、3日の午前中から雪が本格的に積もり出した。

水分の多い雪でとけやすいが、この後月曜から1週間ほど冷え込みが続く予報だ。

雪がどけた後に冷え込むのが一番怖い.。とけた水が凍って、路面がツルンツルンになる心配がある。

すべって怪我をしないようにしたい。 (2026年1月03日)

このページのトップへ