シルバー民主主義から抜け出す
気候変動問題は、直接の気候変動ばかりではなく、社会の高齢化という問題にも直面している。有権者では高齢者が多く、政治が高齢者向けの政治をしがちとなる。それをどう変えるのか。
マッチ箱原爆は本当に原爆だったのか?
ドイツからの技術移転によって日本が製造しようとしたマッチ箱原爆は、原爆ではなかった可能性が高い。ナチス・ドイツが開発しようとしたマッチ箱爆弾は、原爆ではない、スーパー爆弾だった。
ドイツ極右もあきれる日本の難民対応
党大会では、日本の難民、移民政策をお手本にすべきだと議論したドイツの極右政党AfDだったが、同党党首は名古屋の入管施設でのアジア人女性の死亡事件について、人権擁護の認識が感じられないと批判した。
日本はマッチ箱原爆をつくろうとした?
日本陸軍が戦中、原爆を開発しようとしていたのは知られている。だがうまくいかなかった。それに代わって日本陸軍は、ドイツの技術でマッチ箱大の小型原爆を製造しようとした可能性がある。
日本がイエローケーキを入手しようとした目的は?
日本は終戦前、なぜここまで執拗にイエローケーキを日本に運ぼうとしたのか。それをまず、米軍が終戦後に行なった日本軍技官の証言から探ってみる。
ドイツの潜水艦は代役だった
終戦直後にドイツの潜水艦で日本に輸送されていたイエローケーキは、もともとは1944年夏に日本の潜水艦でフランスから日本に運ばれる予定だったのではないかと見られる。
独潜水艦のイエローケーキはごく少量だった
ドイツから日本に送られようとしたイエローケーキは、原爆とするために米国で加工された可能性がある。でも広島に投下された原爆に使われるまでには、時間不足で、待ち合わなかった可能性が高い。
独潜水艦のイエローケーキは広島で使われたのか
日本行きのドイツ潜水艦のイエローケーキは、伝説のように語り継がれてきた。そのため、そこにはいろいろな食い違いが見られる。公式文書には、ブルックリン区にある倉庫に保管されたことまでが記録されている。
イエローケーキは小さく包装されていたのか
ドイツの潜水艦にあった日本行きのイローケーキが47個に小さく包装されていたといわれてきた。しかし、イエローケーキの発注者が日本の昭和通商会社とわかったことで、イエローケーキが10個の木の樽に入っていたことがわかった。