富山弁と立山連峰
ぼくは小さい時から、立山連峰を見て育った。山は、ぼくの生活の一部だったといっていい。ドイツにきて、ぼくは山のない土地で暮らしてきた。ぼくは日々、山のないつまらなさを感じてきた。南チロルのドロミテに行ったりしたのは、山が恋しかったからだと思う。でもドロミテには、滝がなかった。それもさびしい。
雨晴海岸を走る
雨晴海岸は、立山連峰が背景に見える絶景の海岸だ。女岩がすばらしい。雨晴海岸といえば、ぼくにとって小さい時に海水浴を楽しんだ海水浴場だった。しかし数十年ぶりに見る雨晴海岸では、当時の白い砂浜がほとんど失われ、侵食を防ぐためのコンクリートブロックだけがやたらと目についた。あの時の砂浜はどこにいったのか。
御車山とべっこう
富山県高岡に、山町筋という国の重要伝統建造物保存地区に選定された地区がある。今、観光名所になっている。明治時代に建てられた土蔵造りの商屋がある。同時にここは、高岡の御車山を保有する町のある地区。御車山は豊臣秀吉の時代に由来し、高岡の御車山祭りは、富山県のユネスコの無形文化遺産の一つになっている。
ふるさとを再発見する
母が病気で死を迎えるに当たり、ぼくは母の生きている間に、ぼくがこどもの時に両親と一緒に暮らせなかった過去を不憫に思う必要はないといっておきたかった。同時にぼくは、こどもの時憎んできたふるさとに対する思いを今、憎しみから解放してふるさとを見つめ直す必要があると思っている。
コロナ禍のために緩和ケアに制限があっていいのか
母が今回、緩和ケア病棟に入ったことから、日本においてはコロナ禍で面会が制限されるなど、緩和ケアが放棄されていることを知った。緩和ケアの使命を忘れてしまったかのようだ。その背景には、日本の戦後社会の問題も見える。日本社会では、自分が加害者になる可能性があることに無意識で、被害者意識しかないのだ。
省エネ、省エネ、省エネ
ベルリンではエネルギー危機から、観光の名所など150カ所で夜間の照明を中止している。ただ実際の省エネ効果は少なく、省エネしようというシンボリックなものともいえる。これから日が短くなり、うつ気味になる人も多いので、厚着をするとか、シャワーの回数を減らすなど、うつにならない程度に、個人でも対応したい。
すぐには効果は現れない
タロウを2回目の中国鍼治療に連れていった。ホメオパシーでは、タロウに合った物質をまだ模索している感じ。また新しい液体を渡された。毎日、タロウにかがせるのだという。今回も、頭の上、手と脚の付け根などに鍼がうたれた。20分くらいうったままにしておく。今回も治療後は、タロウはとてもリラックスした表情をしている。
暑中お見舞い申し上げます
ベルリンでも暑い日が続いている。わが家では暑さをしのぐため、いろいろ工夫している。ベランダにゴーヤや朝顔を植えて、グリーンカーテンにしてきた。暑さに耐えられない時は、涼しい地下鉄ホームやクーラーのあるデパートに避難することもある。ベランダに富山県高岡製の風鈴もあり、風鈴の響きで暑さが和らいだ気分となる。
街角で偶然入ったカフェがいいな
ベルリンの街角で偶然入った「ブレイクアウト・カフェ」。出会いと対話のカフェだった。ソーシャル非営利カフェとして運営されている。市民のアイディアで企画され、公的補助を受けてきた。障害者や難民の職業訓練の場ともなっている。ケーキは自家製、コーヒーは自家焙煎だろう。どれも抜群においしい。それでいて、値段は普通だ。